沼口史貴

法人と天下り 

 

1、[結論 ]

私の考え方をいうのであれば、天下りを完全になくすことは不可能と言わざるを得ない。 

 

2、[結論にするに至って ]

私は天下りに関する授業が行われ、その問で天下りがなくならない理由を考え続けていたが、結論は初めのものから変わることはなかった。 

なぜこのような結論に至ったかに関しては今回ターニングポイントとなるキーワードを使いつつ私なりの見解も交えながら順を追って説明しよう。 

 

 3、[法人の部類 ]

まず、今回のタイトルである法人について説明しよう。そもそも法人とは何か? 

法人にも種類があり、大まかに思い浮かべるのであれば病院などの医療法人や大学などの学校法人が出てくることだろう。 

確かにそれらはそれで法人なのだが、税率や配当などの比較をする際にはそれらをいくつかのグループ枠に分けることになる。 

そのグループ枠は民法第三十三条に規定されている。民法第三十三条では『学術、技芸、慈善、祭祀、宗教その他の公益を目的とする法人、営利事業を営むことを目的とする法人その他の法人の成立・・・(以下略)』とされている。 

ここでは公益を目的とする法人を 公益法人 、営利事業を営む法人を営利法人と呼ぶ。 その他の部類には中間法人と呼ばれる両者の間に存在する法人が存在している。 法人が各グループ分けされた場合、 公益法人には学校法人等、中間法人には労働組合等、営利法人には株式会社等がそれぞれ該当することになる。 

また、税率等の比較の際には必要ないため余談となってしまうが、特殊法人や許可法人なども存在することも忘れてはならない。 

 

4、[四つの設立主義]  

グループ分けした法人をより分解する方法として主義による部類方法がある。現在我が国では特許主義、許可主義、認可主義、 準則主義の四主義が存在する。昔は民法に三八条から八四条までの法人に関する法律があったが改正の際に削除され、新しく一般法人法が誕生した。それにともなって現在は 準則主義が採用されている。 準則主義とは届出と登記によって成立する主義であり、このことは一般法人法第二二条に記されている。 先に言っておくが、四主義のうち天下りが起こりやすい主義が特許主義であり、これに基づいて設立された独立行政法人は非常に起こりやすい結果になっている。 

逆に、準則主義を採用する株式会社では天下りが起こりにくいのだ。 

 

5、 [八幡製鉄事件 ]

上記の点を踏まえたうえでいよいよ判例に触れていくこととなる。ここからは私の私見や反論なども混じり合わせながら説明していく。最初の案件として出てきるのは 八幡製鉄所 の事件である。その概要は八幡製鉄所代表取締役が同社名にて昭和35年3月14日、自民党に対して 政治献金 350万円を献金したとして、政治資金寄付行為が所定事業目的の範囲「外」の行為であり、その他商法違反として会社が被った損害に対する取締役としての責任追及のための訴え起こすよう、株主側が会社側に求めたが会社側が訴訟を起こさなかったために株主側が自ら代表取締役に対して寄付金分350万円と遅延損害金の支払いを訴えたものである。この問題は取締役の義務に反するのか、会社に憲法で保証する人権を享有できるのかが争点となった。裁判所は『国民の権利及び義務の各条項は、性質上可能な限り、内国の法人適用されるものと解すべきであるから、会社は自然人たる国民と同様、国や政党特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有するのである』などとし、 本件を法人にも人権があると定義付け、被告側が勝訴の結果となった。 

この本判決は法人の人権享有主体性を認めた初めての判決ですが、批判として自然人たる国民による寄付と別異に扱うように憲法は定められていたいと言われている。 

私個人の本事件に関する見解を申し上げるのであれば批判側立場に立たせていただく。一部は参照ページと同じ内容になってしまい、なかなか私なりの見解を理解してもらえないかもしれないが、理解してもらえるように説明をしていく。 

批判の立場は要点を言えば憲法に記されていないと言っている。 

それに対し、判決文では『・・・性質上可能な限り・・・』とされ、法人の人権を認めたが、では、その性質上で可能な範囲となるのは一体どこまでなのだろうか? 

本判決では政治献金問題が目的範囲内と認可されただけであり、具体的には記されていない。言い換えるのであれば判定ラインが曖昧とも言える。 

判断することも簡単とは言えない。 

憲法第三章で保証している人権は自然人とはされていないが、基本的人権とは記されており、基本的人権は自然人と解釈されていることから法人ではないと言える。 

その点を踏まえるのであれば憲法に記載がないために憲法に基づく判決、つまり法律適用はできないと言え、批判意見が出るのはわからなくはない。 

そもそも憲法に準じて法律というのは決められており、憲法が国家の最高法規とまでされている。それにも関わらず、憲法に要請のない点を本判決に入れたことは批判の対象であり、意味を変えればそもそも判決が成立しないとも言わざるを得ないのだ。 

 

 本件に関する参照ページ及び参照文法 

http://kenpou-jp.norio-de.com/yahataseitetu-jiken/ 

 

憲法T授業内配布プリント(第二講) 

 

  6、 [南九州税理士会事件 及び両事件に関する結論

本件は 八幡製鉄事件 より数十年後の平成八年に判決が出された事案だが、 八幡製鉄事件と事案が大変似ているために行政書士の試験でも出題率が高いなど注目を浴びた事件である。 

その合致する点として同じ 政治献金 問題である。事案内容は、強制加入の公益法人「南九州税理士会」が、税理士法改正が業界に有利に動くように、南九州各県税理士政治連盟への政治工作資金として特別会費5千円を徴収する旨を決定したが、この決議に反対した税理士が、会費納入を拒否したため、税理士会側が反対した税理士を会則で定められた滞納者に対する役員の選挙権及び被選挙権停止条項を行使したため、税理士が会費納入義務の不存在確認及び損害賠償請求訴訟を起こしたものである。 

本事案は政治団体への政治献金が強制加入である税理士会の「目的の範囲外」の行為であるかどうかが争点とされた。 

裁判所は「税理士会の目的範囲外の行為であり、特別会費の徴収決議は無効とし、さらに税理士会が義務によって設立された強制加入団体であり、その完飲には実質脱退の自由が保障されていない」とし、本事案を範囲外と認定し、原告側の訴訟を全面的に認めた。 

ここからは私の見解と二つの参照ページを混ぜながらポイントを説明していく。 

まず、私の本件に関する判決内容に対しては賛成の立場である。 

これは参照ページの説明とかぶるが、 八幡製鉄事件 とは違い、本件では強制加入団体である点が関係している。税理士とは完全な資格の専門職であり、希望する人間も多く、それに伴う試験を得て初めて有することができる仕事である。 

そして、税理士は必ず税理士会の加入が義務とされ、自動的に強制加入せざるを得ない。 

そのため、本判決は縛りの中での 政治献金 に関する強制は憲法第十九条の思想及び良心の自由に侵害すると判断でき、裁判所の判断に反論の余地はないとする。 

本判決が強制加入団体に適応される判例であるならば、 八幡製鉄事件は民間企業であり、強制加入団体ではないことから裁判所の判断が間違っていたとも言い難くはなるが、それでも憲法あっての法律であるため、やはり批判の立場を変えることはない。 

そして、二つの事件は民法第三十四条の目的の範囲内に関する条文が関係している。 

それぞれ各法人によって定められた目的範囲は規定されているが、 政治献金 に関しては憲法十九条にある思想や良心の自由に抵触することにもなるため、具体的な部類はされていなかったが、強制加入団体に関しては違法判決を出したことで判断基準が定められたことも考えるとやはり裁判所の判断を尊重する。 

そして、これは触れる必要がないかもしれないが、個人的には第二十三条にも反するようも思える。これは判決の点ではなく、税理士会が強制加入団体であることに関連している。 

税理士会の加入が義務であることは、脱退すなわち税理士として行動できないことを示す。税理士職が資格である以上は自分の志で職に就いたとより強調でき、これを否定することは憲法第二十三条の『居住・移転及び職業選択の自由、外国移住及び国籍離脱の自由』の職業選択の点に抵触し、違憲判決になる可能性が高い。また、税理士としての仕事を否定する 捉え方もできなくはないため、これは憲法第二七条『勤労の権利及び義務・・・』の点に反するとも言える。そして、これは本件には該当しないが、税理士の職を自分の生きがいとし、もし脱退させられる立場に至った場合、幸福追求権が侵害されるとして憲法第一三条にも反するだろう。最後に、 政治献金 に関する拒否が表現であるならばそれを記している憲法第二十一条にも反すると個人的には解釈し、最終的な判定は 南九州税理士会事件に関しては裁判所の意見に賛成であるとする。ただ、この憲法定義を本件で採用すると 八幡製鉄事件 も表現が 政治献金 であるならば裁判所の判断が正しいということを裏付けることにもなるため、私としてはその意図が当事者にあった場合にのみ認める方向性であり、それをもってしても今の考え方は 八幡製鉄事件 判決を批判し、 南九州税理士会事件に賛成する考えは変わらない旨である。 

 

※本件に関する参照ページ及び参照文法 

http://www.sibakiyo-minpo.com/entry/2015/05/12/175321 

 

http://kenpou-jp.norio-de.com/zeirisikai-jiken/ 

 

 

7、[公務員に関する判例 ]

公務員が絡んだ大変有名な判例として、 全農林警職法事件 猿払事件がある。 

この事件は公務員関係の枠として私個人の位置づけで考えたため一つの括りで説明する。 

まず、 全農林警職法事件 概要だが、当時の内閣が警職法(警察官職務執行法)改正案を衆議院に提出しようが、その内容が警官の職権濫用を招き、労働者の団体運動を抑圧する危険が高いとして大規模な反対運動が起こり、参加することになった全農林労組の幹部が職場大会の実施について正午出勤の行動に入れ指令を出し、同大会参加への慫慂行為が国家公務員法九十八条第五項に反するとして起訴された事件。 

裁判では公務員の労働基本権の制限・禁止法性の合憲問題が論点となりました。 

これに対し、必要やむを得ない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由があるとして公務員の制限を認め、公務員が政府に対して争議行為行うことは的外れとして、被告人に有罪判決を下した。 

次に 猿払事件の概要だが、北海道猿払村の郵便局勤務の郵便事務官が同地区の労働組合協議会事務局長をしており、被告人が選挙の際に日本社会党の支持名目から党内公認候補者の選挙ポスター六枚を勤務時間外に掲示し、そのポスターを他社に配布依頼したとして国家公務員法一〇二条及び人事院規則十四条の七 六項十三号に違反するとして起訴されました。裁判では政治の中立性を重要な国民利益としつつも最終的には中立性の損ねる政治行為を禁止することはやむを得ないとして、本件も被告側に有罪判決を下した。 

しかし、この猿払事件には批判がかなり多く、公務員に対して人権制約が強いのが一番の理由であるが、本判決には法令条文を解釈すると違憲である判断を裁判所が限定的に解釈することで合憲性を維持する 合憲限定解釈 を採用して判決が下されている。 

また、この解釈によって都教組事件や福岡県青少年上例事件が有名だが、本件と逸脱するために触れることはしない。さて、ここから私の私見であるが、この 合憲限定解釈 は個人的判断から裁判所が都合よく解釈する制度であるように見て取れる。 

違憲判決を出せばそれこそ憲法自体が問題の対象となってしまうためになかなか下せない判決ではあるが、今回のように法案反対運動や選挙活動に対する表現を公務員の理由で制約することは同じ憲法に違反していると解釈できる。 

そもそも第二十一条には公務員に対する制限などが記載されていないため、はっきり言えば違憲判決である。そのような意味で私は両判決を批判し、表現の自由を認めると考える。 

また、 猿払事件は勤務時間外の活動であることから完全な個人の自由の時間であり、また犯罪の成立条件である構成要件に該当する違法有責な行為にも該当しているとは考えられず、それを制約することはむしろ、人権が制約されることが平等を掲げている憲法第十四条の社会的地位による差別に当たるとも個人的には定義づける。 

なお、 合憲限定解釈 は憲法を重視する考え方でありながらも結果として憲法の内容を否定する皮肉な解釈になってしまうため、この解釈の存在意義を問いたいと思う。 

 

 本件に関する参照ページ 

 

http://blog.goo.ne.jp/cc600px0716/e/34cbe37d0906ba86cd3a079fc45931f9 

 

http://kenpou-jp.norio-de.com/sarufutu-jiken/ 

 

http://kenpou-jp.norio-de.com/zennourin-jiken/ 

 

8、[総まとめ ]

さて、私が総括するまとめだが、まず法人とは自然人とは違う部類でありながらも人権制約を認めつつも、公務員などの一部該当者には人権が制約されるなどとまったく異なる扱いであり、単純な身分差別をしている状態となっている。よって、公務員に対する制約緩和を行うなどのできる限り平等に向けた取り組みを行う必要があると判断する。 

次は今回のポイントである天下り制度だが、 少し前の『四つの設立主義』の箇所で民法を改正して一般法人法が設けられた話をしたと思うが、これを行った理由は対天下り政策である。結果的には公益認定権を未だに役所が持ち続けている関係で天下りはなくなっていない。この公益認定は本来国民が出来る行為をある目的のために制限している 許可というものに該当している。これは完全に私の予想が入るので根拠がないが、今現在役所が権限を持ち続けるのは意味を変えれば税金を多めに徴収する考えが大きいのではないかと思う。法人の種類で税率が変わり、公益法人が非課税なのに対し、中間・営利の法人は税金を持っていかれる。この公益認定を個々で持つと全グループが認可状態になり、税金を占めることができないからこそ権限を役所が有しているように思う。それに、公益認定することは役所の指示に従う必要があり、結果的に企業と役所の上下関係が成立してしまうため、個人的にはこの制度に反対する立場だが、これを否定するとまた法律改正を行う必要があり、そうなると法案成立に至るまでに膨大な時間を有し、国会内で反論者が後を立た なくなる。とくに、安保法制で揺れている国会にはここに気を止めることは絶対にありえず、法律改正は無いに等しいと言えるだろう。よって、この役所との上下関係は一向に解決する兆しを見せないのだ。さらに、天下りがなくならない理由は他にもある。 内部統制 という言葉をご存知だろうか? 内部統制とは会社が私利私欲に走らないために必要な歯止めであり、会社内に存在するルールのことである。これは非常に重要な役割があり、もし会社内にこれが存在していない場合、業務非効率や不祥事の温床、不明瞭な財務データなどの問題が生じてくる。わかりやすく最近の例を挙げるのであれば、東芝の歴代社長の辞任問題があるだろう。歴代社長による不正決算が発覚して辞職へと至ったが、今現在でも責任追及に関する騒動は後を絶たない( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150729-00000029-asahi-bus_all  

つまり、東芝は内部統制がしっかりと行われていなかったことになる。別に東芝だけでなく、今ではシャープにも申告漏れ騒動がある等の内部統制ができていない企業はニュース等でもよく出てきている。これは該当しないかもしれないが、日本年金機構の消えた年金問題も間違えなく内部統制ができていないことに一理あるように思える。最近の個人情報漏洩も内部統制ができていなかったことから被害が拡大したと言われている。一番天下りしやすい団体である日本年金機構はこうした不祥事を得て、信頼回復と再発防止等を名目に優秀な人材をハンティングする傾向にある。これによって天下りの連鎖が消えることはない。といっても、天下りした結果が繰り返しならば本当に無意味でしかない。それでも企業 は天下りを続け、優秀人材を見つけることに必死でいる。優秀人材が欲しくない企業はいないはずだろう。中にはやる気あれば雇う企業も存在するが、それでも優秀を企業が望むのだ。 

それが今の日本における雇用制度であり、それを完全否定することは雇用制度も否定することを意味する。そんなことをすれば、今の危ういバランスが崩れ去り、どんな形に転ぶか予測できるものではない。悪化する場合も考慮しつつ、また対策の末に出された結論が一般法人法であるならば今のところ天下りがなくなることはなく、それに対処する新たな政策も実現できそうにはないのだ。 

 

 内部統制に関わる参照ページ 

 

http://naibu.mayunet.com/001/ent95.html

 

 

 

神山豪児

テーマ    法人制度と天下り

 

1.結論

 

民法を改正したところで、結局のところ、準則主義とはいえども、公益認定などの残ってしまうものが有る限り、天下りは無くならないと考える。

 

2.天下りとは、また、無くならないと思った理由は

 

まず、天下りとは、元々神道の用語で、神が天界から地上に下ることをいい(天孫降臨など)、「天降る」といった。

現在では退職した高級官僚が、出身官庁が所管する外郭団体、関連する民間企業や独立行政法人・国立大学法人・特殊法人・公社・公団・団体などに就職斡旋する事を指して批判的に用いられる。民間企業の上位幹部が子会社の要職に就く際にも使われる場合がある。

天下りの範囲については、中央省庁の斡旋・仲介がある場合のみを含めるとする意見と、斡旋・仲介などの手法に関係なく、特定企業・団体に一定の地位で迎えられる場合全てを含むとする意見がある。また官民問わず斡旋による再就職を「天下り」と揶揄することもある。

主に原因の一つとして指摘されているのがキャリア官僚を中心に行われている早期勧奨退職慣行である。これは官僚制の歴史の中で形成された慣習で平安時代の摂関政治が起源とされ、事実上、法定の制度に組み入れられている。

国家I種試験を経て幹部候補生として採用されたキャリア官僚は、程度の差こそあれ、同期入省者はほぼ横並びに昇進していく。その過程で上位ポストに就くことができなかった者は職が与えられず、退職する以外に選択肢は無くなってしまう。事務方のトップである事務次官は1名であるから、同期入省者か後年入省者から事務次官(または次官級ポスト)が出るまでに、その他の同期キャリア官僚は総て退職することになる。1985年の60歳定年制の導入前後でこの実態に変化はない。この退職者たちは、省庁による斡旋を受け、それぞれ退職時の地位に応じた地位・待遇のポストに再就職する。一般にこの早期勧奨退職慣行が「天下り」と呼ばれている。

天下り先は大臣官房が原則として決定することからわかるように、天下り先のポストは省庁の人事システムに完全に組み込まれており、関連法人の一定のポストは事実上主管省庁の縄張りとみなされている。天下りには後述するように様々な問題が指摘され、国民からの反発も非常に強いものがあるが、天下りの規制は、以前からの官僚のインセンティブを失わせており、今後の中央官庁に優秀な人材を確保する必要があるならば、別のキャリア・パスの用意が必要であり、天下りを批判するだけで終わる問題ではないという意見もある。

地方公共団体においても、幹部職員が退職後に関連団体や出資法人における高位の職に就くことがあり、これも「天下り」と言われる。また、日本の民間企業でも、人事異動や企業買収にともなって似たような人事斡旋が行われることがある。その為、日本企業には必要以上に役職が多く、これが日本企業の生産性を下げていると終身雇用制度と共に批判されることもある。リストラの項も参照。

判例として全農井警職法事件猿払事件などがある

そして、公務員という職種上、安定性のある職業のため、公益法人、中間法人、営利法人、と天下りのしやすさは異なるが、制限されるものはあるが内部統制や身分保障はあるため天下りは無くならないと思った。

天下りを嫌う者は多数いると思うが、私が考えて思ったことは、天下りをした人が羨ましくて天下りを批判する人が多いのではないかと思った。実際に批判していた人が天下りで他のいい職業に就けたとき、恐らく天下りはいいこと、と考えるのだろう。

確信は無いが、もし私なら、そう思ってしまう。

なぜ、そう思うのかというと、やはり、生きている限り、仕事があって、お金も稼げて、安定した日常を送りたい。その中で天下りを他人が経験していたら天下りを批判するだろう。しかし、実際に天下りを自分が経験して安定な生活をしていたら、天下りをよく思う。

結局のところ、立場によって、天下りに対しての考えが変わると思ったため、天下りを無くしたくても無くなると困るという人もいるから天下りはなくならず、今もあるのだと私は思った。

 

3.法人とは

 

法人とは、自然人以外で、法律によって「人」とされているものをいう。「人」とは、法律的には、権利義務の主体たる資格(権利能力)を認められた存在をいう。つまり法人は、自然人以外で、権利能力を認められた存在ということになる。

日本においては、法人は、一般社団・財団法人法や会社法などの法律の規定によらなければ成立しない(法人法定主義、民法33条)。

法人の人権享有主体性、権利能力、行為能力については各種の議論がある。

法人の人権享有主体性

日本国憲法には、法人が人権の享有主体になるかどうかの規定がない。この問題について、最高裁判所は、八幡製鉄事件において、憲法第3章の保障する権利は性質上可能な限り内国の法人に保障されると判示した(最大判昭和45624日民集246625頁)。

法人の権利能力

法人には権利能力が認められる。これこそが、法人が法人たる所以である。もっとも、その範囲が問題となる。日本の民法は、法人の権利能力に対しては極めて謙抑的な態度をとり、民法第34条において「法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う」と規定している。これは、英米法におけるUltra Viresの法理によるものである。判例は、同条のいう「目的の範囲」を柔軟に解釈している。 八幡製鉄事件の判決では、定款に定めた目的の範囲内で権利能力があるが、目的の範囲内とは、明示されたものだけではなく、定款の目的を遂行するのに必要ならすべての行為が含まれるとした。

法人の行為能力

法人が単独で法律行為を行うことができるかどうかを法人の行為能力という。これは、法人擬制説と法人実在説で結論が異なる。法人擬制説では、法人とは法が特に擬制した権利義務の帰属点に過ぎないから、行為能力を認める必要はなく、代理人たる理事の行為の効果が法人に帰属するという構成をとる。対して、法人実在説では、法人は自ら意思を持ち、それに従い行為するのであり、法人の行為能力が認められるということになる。

八幡製鉄事件は、自民党への政治献金が事件の概要だったが、他にも、政治献金が問題になった判例の事件として、南九州税理士会がある。これも、自民党への政治献金が問題となった事件である。

そもそも、政治献金とは政治家や政党に資金を提供すること。政治資金規正法では寄附とされる。

政治活動、特に選挙には多額の費用がかかるため、政治家や政党は多額の資金を必要とする。必要な資金が党費のみで不足する時は、しばしば献金を募ることになる。

献金の種類は献金する行為者によって分類され、企業(法人)が行う企業献金(団体献金)と、個人が行う個人献金(カンパ)がある。一般には、自立した個人が自主的・主体的に政治に参加するひとつの方法という意味で、政治活動に要する資金は個人献金で賄うことが望ましいとされることが多く、企業献金(団体献金)は政財癒着に繋がるという批判も多い。企業による団体献金は「見返りを求めれば賄賂であり、見返りを求めなければ背任行為」として批判もされる。それに対しては団体献金を正当化する立場から「団体献金は見返りを求める賄賂ではなく、メセナやフィランソロピーなどと同様の社会的貢献のため、賄賂にも背任にも該当しない。もし直接的利益をもたらさない企業の社会的貢献が背任行為ならば、企業の社会的福祉事業なども社会的貢献ではなく背任行為に該当し、社会活動が萎縮する」とする反論がある。ただし、社会的福祉事業とは異なり、政治献金を自社の社会貢献として宣伝している企業は少ない。

現在の日本では、政治家個人への献金は原則として禁止されており、政治家に献金する場合は、政治団体(一政治家が一つだけ指定できる資金管理団体や、政治家の後援会など)を通じて献金することになる。これは、日本国籍を持つ個人献金のみ可能で、一政治団体に対して年間150万円迄の政治献金が可能であり、企業献金は企業の意を受けた政治家によって政府の施策が歪められる原因にもなるため、一切禁止されている(≒賄賂)。

また、政党へ献金する場合は、政党(本部および支部)へ直接献金する場合と、政党が指定する政治資金団体へ献金する場合の2種類の方法がある。この献金は、個人献金だけでなく企業献金も可能であるが、企業が、政治家が支部長を務める政党支部に対して献金するという方法を取れば、政治家が企業献金を受け取ることが可能になることから、企業献金の抜け穴であると批判されることもある。無所属議員は、政党を通じて企業献金を受け取ることが出来ず、政党助成金制度ともあいまって、政党に所属する議員と比較して、資金力に格差があると言われている。

日本では、政治献金には金額に上限が設けられているほか、国から補助金を受けている企業や3年継続して赤字の企業は、政治献金ができない等の質的制限も設けられている。フランスやカナダのように、企業献金を全面的に禁止している国がある一方で、英国やドイツのように政治献金に上限規制がない国もある。

なお、政党に対する献金や現職の国会議員の後援会に対する献金など、総務省や各都道府県に届出した、一定の要件を満たす政治団体への献金(個人献金のみ)は、寄附金控除の対象となり、確定申告によって所得税の減額措置を受けることができる。

その他 

迂回献金

政治資金規正法では、企業および業界団体が、特定の政治家個人へ献金をおこなう行為を禁止しているが、政治家の所属する政党や政治資金団体へ献金することについては認めている。

迂回献金とはこの点を利用して企業や業界団体が政党や政治資金団体へ資金供与をおこない、政治家がそこから資金を受け取ることで間接的に政治家個人への献金がおこなわれている状態を指す。

迂回献金は(間接的であれ)最終的には企業・団体から政治家個人へ資金供与がおこなわれている形になるため違法性を指摘されているが、現行法においても禁止規定が存在しないことや、発覚した場合でも摘発・立件が見送られてきた経緯などから、企業や業界団体が特定の政治家個人へ資金供与をおこなう際の抜け道(脱法行為)として常態化しているとの指摘がなされている。

トンネル献金

他人名義による政治献金あるいは政治資金パーティーのパーティー券購入は政治資金規正法が禁止しているものであり、その罰則は3年以下の禁固または50万円以下の罰金である。政党及び政治資金団体以外に対する企業からの献金も禁止されており、その罰則は1年以下の禁固または50万円以下の罰金である。これらの公訴時効は3年である。トンネル献金であることを隠蔽し、政治資金収支報告書に虚偽の記載を行った場合には、その罰則は5年以下の禁固か100万円以下の罰金、時効は5年となっている。

ソフトマネー

アメリカにおいて、特定の政党へ寄付する場合に限って許される政治献金1978年以降は上限無しの献金が認められていたが、選挙費用の増大につながり金権政治が横行したため、2002年マケイン・ファインゴールド法によって上限が規定されることとなった。

ハードマネー

間接的な献金であるソフトマネーに対して候補者およびその組織に直接される献金のことをハードマネーと呼ぶ。アメリカでは前述のマケイン・ファインゴールド法によってソフトマネーを制限するかわりに個人の献金などの上限が引き上げられた。

また、法人を設立するための要件は、法人の種類によって細かく分かれているが、これは、国家がどの程度法人を監督するか、という法政策の問題である。すなわち、国家による監督が必要な活動であれば特許主義や許可主義を採用することになる(法人の活動が不適切な場合には法律を改廃したり、主務官庁が許可を取り消したりする)。逆に,国家が法人の設立にまったく干渉する必要はないと考えれば、自由設立主義を採用することになる(日本においてこれは認められていない)。

日本法により設立される法人について、国家の干渉度が強い順に並べると、次のようになる。

特許主義

特殊銀行・都市基盤整備公団・国民生活金融公庫などの公社・公団・公庫、独立行政法人等。

許可主義

設立は、主務官庁の裁量による。

民法が規定していた旧公益法人(社団法人・財団法人)。

認可主義

設立は、法定要件を備えての、主務官庁の認可による。主務官庁は、法人格付与に裁量権を持たない。

学校法人・医療法人・社会福祉法人・生活協同組合・農業協同組合・健康保険組合・中小企業等協同組合・地縁による団体。

認証主義

設立は、所轄庁の認証による。認可主義より簡易である。

特定非営利活動法人(NPO法人)・宗教法人。

準則主義

要件を具備すれば当然に法人となる。普通、登記・登録が必要である。

一般社団法人、一般財団法人、会社、労働組合、弁護士会、マンション管理組合法人。

法人は、大きく社団法人(広義)と財団法人(広義)の二つに分類される。伝統的な説明によれば、人の集合体(社団)に法人格が与えられたものが社団法人であり、財産の集合体(財団)に法人格が与えられたものが財団法人である。

法人化によって人の集合体自体の権利能力が認められれば、その集合体の財産や取引を、個々の構成員の財産や取引から法的に分離することができる。社団法人は、こうしたことを可能にするための法技術である。通常、社団というためには一定の組織性が要求される(権利能力なき社団を参照)が、現実の社団法人の中には、一人会社(株主が一人だけの会社)のように社団性がないものも存在している。

また「人」とは、権利義務の主体であると同時に、「物」ではない、つまり所有権をはじめとする物権の客体ではない存在でもあるから、物を含む財産が法人になれば、他者の権利に属さなくなる。財団法人は、こうしたことを可能にするための法技術であり、その財産は誰かの自由意思によっては処分されず、ただ固定的な規定(設立者の設立時の意思)に従って運用されるものとなる(もっとも、これは本来の制度の理念であり、2008年施行の一般社団・財団法人法は、一般財団法人の定款を評議員会の決議で変更できると定めた)。

営利と非営利、公益と私益(非公益) 編集

法人のうち、 (1)営利を目的とするものを営利法人と呼び、(2)そうでないものを非営利法人と呼ぶ。ここでいう営利とは、法人が外部的経済活動によって得た利益をその構成員(社員)へ分配することを意味している。

(1)営利法人は、構成員への利益分配を予定しているため、常に社団である。財団については、そもそも利益の分配先である構成員が存在しない以上、利益の分配ということはありえず、利益の分配されない営利目的の財団の存在を認める実益がないからである。営利法人といっても、実際に利益を分配する義務まではなく、利益を社員(株主)に配当していない会社も少なくない。

営利社団法人のことを会社といい、会社法は株式会社、合名会社、合資会社、合同会社を定めている。なお、会社法における会社の営利性については論争がある。

(2)非営利法人は、一般法である一般社団・財団法人法により設立される一般社団法人・一般財団法人と、特別法(特定非営利活動促進法など)により設立される社団法人(特定非営利活動法人、労働組合、農業協同組合など多種)・財団法人(共済組合など)がある。一般社団法人・一般財団法人のうち、公益法人認定法により公益性の認定を受けた法人を公益法人(公益社団法人・公益財団法人)という。

なお、一般社団法人・一般財団法人は、事業目的に法律上の限定がないので、営利法人(会社)と同じく多種多様な事業を行うことができる。営利法人ではないから利益を社員に配当することはできないが、役員の報酬や従業員の給与を支払うことはできる。

200812月の一般社団・財団法人法施行前、一般法としての法人規定を有した民法は、(a)公益を目的とする(狭義の)社団法人・財団法人(旧公益法人、いわゆる民法法人)のみを用意していた。そのため、(b)公益を目的としない社団には、適当な法人形態を提供する一般法が長らく存在せず、ただ各種の特別法に適合する場合のみ(労働組合、農業協同組合、消費生活協同組合、信用組合など)、法人格を取得することができた。また、税制面の優遇もあったため、旧公益法人の設立には主務官庁の許可を必要とし、公益を目的としながら、規模・体制の面や官庁との人的つながりの面から、許可を得られない団体も少なくなかった。このため、事実上法人となるような実体を備えていても、民法法人や特別法の法人となっていない任意団体も存在する(権利能力なき社団)。

近年、福祉や文化、国際貢献、環境保護、研究あるいは同好活動、地域活動など、さまざまな非営利の団体活動が活発になり、それらの団体が財産を保有したり、個人・企業・行政を相手に贈与・売買・貸借・雇用・委託等の契約を行う便宜のため、法人格の取得を容易にする以下の特別法が制定された。1998年(平成10年)121日に施行された特定非営利活動促進法(NPO法)は、福祉、教育、環境、科学技術振興、経済活性化など一定の活動(特定非営利活動)を目的とする非営利団体に法人格取得の道を開いた。2002年(平成14年)41日に施行された中間法人法により、広く非営利・非公益の社団一般が法人格を取得できるようになった。しかし、(b)非公益目的の (2)非営利財団には、特別法がある場合(共済組合など)を除いて、法人格は与えられてはいなかった。

200812月に一般社団・財団法人法が施行されたことで、非営利・非公益の社団・財団が一般的に法人格を取得することができるようになり、法人格を取得できない不都合が広く解消された。もっとも、同法の施行によって権利能力なき社団・財団が認められなくなったり、姿を消したわけではない。

 

4.法人、天下りは、どうあるべきか

 

まず、法人の本質には、種種の学説がある。有名なものとしては、「法人擬制説」「法人実在説」がある。もっとも、近年はこの論点自体への疑問も提示されている。法人の本質の問題は、本質認識の問題であることに注意しなければならない。身近な例では、被服系産業の会社における法人の認識が揚げられる。いわゆるファッションデザイナーが役員の場合、また、被用者の場合でも、当該ファッションデザイナーが法人と等価に認識されるのが一般的であるが、いずれの場合でも個人が法人と等価に認識される。このような場合を含みいかなるものを法人の本質とするかが問題なのである。

法人擬制説

法人擬制説(ほうじんぎせいせつ)は、もともと法的主体は11人の個人だけであり、法人は法によって個人を擬制していると考えるものである。いかなる実体が法人として認められるかは法の裁量による。法人の設立には、政府の関与が大きい特許主義や許可主義をとることを主張する。対立する説としては、法人実在説がある。

法人実在説

法人実在説(ほうじんじつざいせつ)は、個人のほかにも社会的になくてはならないものとして活動する団体があり、その団体は法的主体であると考えるものである。法的主体として考え得るものを広く法人として認めようとする。法人の設立には、政府の関与が小さい準則主義をとることを主張する。対立する説としては、法人擬制説がある。

このように、しっかりと立場や身分を再認識して、やりすぎたことをしてはならないと考える。

天下りに関しては、私は、天下りが無くなることはないと思う。現在の天下りの実態と対応は2004831日の閣議決定によれば、中央省庁の斡旋や仲介で民間企業に再就職した国家公務員は2003年までの5年間で3,027人にのぼっている。省庁別では、国土交通省の911人をトップに法務省629人、総務省313人、文部科学省261人、財務省251人、農林水産省245人、警察庁127人、防衛庁85人、会計検査院64人、経済産業省46人、人事院29人、公正取引委員会23人、厚生労働省19人、宮内庁17人、内閣府3人、外務省2人、内閣官房・金融庁0人であった。

20041227日、政府は、20038月から一年間に退職した中央省庁の課長・企画官以上の国家公務員1268人のうち552人が独立法人・特殊法人・認可法人・公益法人に再就職したと発表した。天下りの温床と批判されることの多いこれらの団体に再就職した比率は43.5%にのぼっていることになる。

天下り構造の解消は国家財政の再建と公正な行政の実現の要になると、国民の関心も高い。天下りを根絶するのに最も単純な方法の一つは、公務員の再就職を一律に禁止することであるが、単純に再就職を禁止することは個人の就業の自由および職業選択の自由を不当に制限し、憲法に違反するもので問題があるという点と、民間企業・特殊法人等からも「官庁を退職した優秀な人材を雇用したい」「官庁に対する必要な情報を得たり、人脈を作りたい」などのニーズがあるので実施は難しい。そのため、特殊法人改革や再就職禁止規定の厳格化、ひいては公務員制度全般の改革など各種政策が検討・実施しているが、名目を変えながら実質的に天下りは存続しているとも指摘されており、また独立行政法人から民間企業へ役員ポストを渡した上で、民間企業へ省庁退職者を受け入れさせるという「天下り隠し」も指摘されている。

また、20098月の衆議院議員選挙で、天下りの廃止を唱える民主党が過半数を取り、民主党が政権交代を勝ち取ったが、これを前にして各省庁で駆け込み的に多数の天下りが行われている。9月には、厚労省所管の独立行政法人が天下り先に対して、同省OBの年収額や、その報酬を事業委託費から支払うよう指示していたことが明らかとなった。

2009年に民主党政権は官僚OBの独立行政法人への再就職について9月末に原則禁止を決定した。その一方で、200910月に民主党政権は元大蔵次官斎藤次郎を日本郵政社長にする内定人事や200911月に人事官に元厚生労働次官の江利川毅を起用したことなどが、「天下り原則禁止に反する」と批判された。民主党政権は「府省庁が退職後の職員を企業、団体などに再就職させること」が天下りであると定義をし、「我々の場合は政治家である大臣による選任であり、天下りに該当しない」と述べ、「元次官の起用が天下りではない」と主張した。しかし、大臣の斡旋は府省庁の斡旋になるので政府見解では法律論は成り立たないという批判や、天下った官僚OBが他の官僚OBを呼び寄せた場合は天下りに該当しないことになるのかという疑問、そして福田康夫元首相が元官僚3人を労働保険審査会や運輸審議会と公害健康被害補償不服審査会の各委員3人に選任した際、20071114日に国会同意人事で天下りを理由に民主党など当時の野党が反対して不同意としたことについて「整合性がない」と指摘された。

2011722日、総務省は国家公務員の天下りとして同一の中央省庁出身の元幹部を独立行政法人、特殊法人、認可法人、特別民間法人および国所管の公益法人が3代連続した役員として受け入れているのは201041日時点で1285法人、受け入れ人数は1594人と発表した。2009年の公益法人などの5代連続した受け入れは338法人であった。

2012731日の総務省の発表によれば、国家公務員出身の常勤理事がいる504の公益法人に国は2010年度計3347億円支出したが、これら法人の事業の契約の約6割は一者応札・一者応募となっている。

再就職の制限

国家公務員法では、退職者が、退職以前5年間の地位に関係する民間会社へ再就職することを退職後2年間禁止している。この再就職制限は公務員として知りえた機密情報漏洩を防止するための規定である。そのため、人事院により退職者の再就職が機密漏洩につながらないと判断された場合は、退職後2年経過していなくても、再就職をすることができる。また承認が得られなくても、退職後2年経過したら当時知りえた情報に価値がなくなるとみなされるため、民間企業に再就職できる。

この国家公務員法は20076月に成立した改正国家公務員法で、退職後2年間は原則として職務に関わる営利企業に再就職することを禁じた現行の規制を廃止する代わりに、再就職後に出身省庁に対して口利きをすることに対し刑事罰を設けた。

しかし、労働基本権の制限、政治活動の禁止が合憲限定解釈だとしても、民法を改正して、一般法人法を作って、準則主義をとっても、公益認定を受けないと非課税にならないこの認定期限が役所から持ち続ける限り、天下りは減らないし、無くならないだろう。

 

 

参考文献、参考資料

・春期の授業ノート

・六法全書

Wikipedia

様式参考

・中江先生のクラスの学生の方々のレポート

 

 

 

 

山本舞

天下りが減らなかったのは公益認定の権限が役所のままであったからである。

 

公益法人の事業範囲に政治献金は含まれているのに南九州税理士会事件において政治献金が認められなかったのはおかしい

 

法人は民法331項「法人は、この法律その他の法律の規定によらなければ、ならない。」2項「学術、技芸、慈善、祭祀、宗教その他の公益を目的とする法人、営利事業を営むことを目的とする法人その他の法人の設立、組織、運営及び管理については、この法律その他の法律の定めるところによる。」と規定されている。

八幡製鉄事件南九州税理士会事件で問題となった政治献金は非営利である。公益法人は営利事業はできないが、政治献金は行っても問題ないのではないかと考えた。

八幡製鉄事件は八幡製鉄株式会社の代表取締役らが、同社の名義で自由民主党に対して政治献金を行ったところ、株主が定款所定の事業目的の範囲外の行為であって無効であり、この行為は取締役の忠実義務違反であるとして訴訟を提起した。裁判所は会社は自然人同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有し、政治献金もその一環ととして認められるとした。

それに対し、南九州税理士会事件は強制加入の公益法人である南九州税理士会は税理士法改正運動の活動資金に充てるため政治資金規正法上の団体である税理士政治連盟に政治献金をすること、およびその資金を特別会費として会員から強制的に徴収することを決議した。政治献金に反対する会員らが特別会費の納入を拒否したため、会則により会の役員選挙権、被選挙権停止処分が行われ、この決議が無効であること、特別会費の納入義務は会員の思想・良心の自由を侵害するものであると訴訟を起こした。裁判所は税理士会は、会社とはその性格を異にする法人であり、その目的の範囲については会社と同一に扱うことはできない。つまり、税理士会のような強制加入の公益法人では目的の範囲を狭く解釈すること、政治献金のような活動については会員の協力義務を課すことができないことを明らかにした。

確かに、特別会費の納入義務は会員の思想・良心の自由を侵害するものであると思うが、政治献金は税理士法改正運動に充てるという目的が範囲外になるのはおかしいと考えた。

民法34条で「法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。」と規定されている。この条文の解釈は営利法人と公益法人とで異なる。営利法人は利潤を追求する性格から緩やかに解釈されているが、公益法人は厳格に解釈されている。

しかしこの解釈は変えるべきであると私は考える。なぜなら、利潤を追求する営利法人が政治献金を認められていて、非営利である公益法人が認められないのはおかしいと思ったからである。また、営利法人が非営利の政治献金を行うことで、裏で良くないことが行われている可能性があると考えることもできるため、民法34条の解釈は考え直すことが必要である。

 

◯公務員が起こした事件における合憲限定解釈と全面禁止

 

公務員が起こした事件の裁判で、最終的には公務員の労働基本権の権限、政治活動の全面禁止により有罪になった事件がある。それは、猿払事件全農林警職法事件である。

猿払事件は郵便局員が衆議院議員選挙に際し、日本社会党を支持する目的で、同党公認候補者の選挙ポスターを自ら公営掲示場に掲示したり、他に配布したりした。この行為は、国家公務員法1021項、同項の委任に基づきその政治的行為の内容を定める人事院規則14-7に違反するとして起訴された。1審、2審は、国公法110119号所定の刑事罰が本件行為に適用される限度つまり、合憲限定解釈により憲法21条・31条に違反すると判断し、郵便局員を無罪とした。検察官が上告し、有罪となった。

裁判所は国公法1021項及び規則による政治的行為の禁止は公務員のみに対して向けられており、その禁止により得られる利益は、公務員の政治的中立性を維持し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の共同利益なのであるため、得られる利益は失われる利益に比してさらに重要であり、その禁止は利益の均衡を失するものではない。従って、国公法1021項等は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法に違反しないとされた。

全農林警職法事件は全農林労働組合の役員達は、警察官職務執行法の改正案を提出に対する反対行動の一環として、正午出勤を指令し、また職場大会に参加するよう説得力、つまりストライキを行った。この行為が国公法(改正前)985項・102117号の罪に当たるとして起訴された。

裁判所は公務員の従事する職務には公共性がある一方、法律によりその主要な勤務条件が定められ、身分が保障されているほか、適切な代替措置が講じられているのであるから、国公法985項が公務員の争議行為及びそのあおり行為等を禁止するのは、勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からするやむをえない制約であり、憲法28条に違反しないとした。つまり、公務員の争議行為に対する全面禁止を正当化したのである。

猿払事件は郵便局員の勤務時間外にに選挙ポスターを貼ったり、配ったりしたということであるので、私は勤務時間外なら政治活動を禁止するのは間違っていると考えた。公務員であっても、1人の人間であることに違いはないため、この判決は郵便局員の思想・良心の自由に違反していると考えたためである。

全農林警職法事件は確かに、公務員がストライキを行うことで、国民が不利益を被ることがあるかもしれない。だが、公務員にも不利益を被るような法の改正などがあり、それに対して不満を抱き、ストライキなどを起こすのは当然であると考えられる。

全面禁止にはするが、公務員の身分保障は手厚くされる。私も、身分保障をされるのは良いことだと思う。しかし、身分を保障することにより身分から職業となった公務員が、再身分化してしまう。

さらには、天下り対策として民法改正を行ったのに、身分保障により天下りが減らなくなってしまうのである。

私は全面禁止にしてしまうことで民法改正をした意味がなくなってしまうと考えた。よって、この全面禁止は考え直すべきであり、私は合憲限定解釈で、一般の国民が不利益を被るような行為だけを禁止するべきであると考えた。

 

◯天下り対策の民法改正

 

国家公務員が天下りをすることが問題となっていて、天下りに対する批判がある。

公務員は手厚い身分保障を受ける。その手厚い身分保障とは年功序列で昇進ができ、終身雇用である。そのような昇進をしてきた人達は間引きされ、天下りをして高い給料と楽な仕事を得る。

私はこのような天下りはあってはいけないものだと考えている。なぜなら、今まで一生懸命になって働いてきた人達の中に天下りで入ってきた国家公務員の人がいきなり上司になるのは今まで頑張ってきた人達に対して、失礼であるし、終身雇用まで保障されているのは不平等であると考えたからだ。

私のような天下り批判が起きたため、民法改正が行われ、民法38条から84条までが削除され一般社団法人及び一般財団法人に関する法律が定められた。

この法の趣旨は一般法人法1条「一般社団法人及び一般財団法人の設立、組織、運営及び管理については、他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律の定めるところによる。」と規定された。

民法改正により主に変わった点は一般社団法人の成立に関することと事業においての役所が監督するかどうかである。

一般社団法人の成立については一般法人法22条「一般社団法人は、その主たる事務所の所在地において設立の登記をすることによって成立する。」と規定されている。つまりこれは準則主義である。

旧民法34条では主務官庁による許可公益法人設立の要件とされていた。

民法改正がされたことにより、許可主義ではなくなり、準則主義が採用され、役所の裁量がないため登記や届出をすれば法人を設立できるようになった。

なぜ準則主義が採用されたのかというと、役所の裁量がなく、税率も高いため天下りをするのが難しいからである。

そして、事業についても、役所の監督であったものが、内部統制に変わった。役所の監督がないため準則主義と同様に天下りをするのが難しいのである。

これまでの民法改正は天下り対策としては良いものであると思う。

だが、天下りは減らなかった。

なぜなら公益認定の権限は役所のものとして残ったからである。

一般法人は公益認定を受けることで初めて公益法人になることができる。

公益認定を受けることのメリットは「公益社団法人」、「公益財団法人」を名乗ることができ、法人のイメージが向上し、寄付金の優遇措置など税制上の恩恵を受けることができる。

法人は公益認定を受けることで、非課税にすることができる。

だが、準則主義を採用しているのにも関わらず、公益認定の権限は役所のままであるため、登記や届出だけでは公益認定を受けることができない。つまり、登記や届出だけでは公益法人とは認められないのである。

天下り対策のために民法改正を行ったのにも関わらず、公益認定だけ何も変わっていないということは民法改正の意味が薄れると私は考える。天下りをなくしたいのなら、改正前の法、改正後の法をしっかり見直して改正するならする、しないならしないを再度検討した方が良いと考える。

少なくとも私はこの公益認定を検討し直す必要があると考えている。なぜなら、準則主義を採用したのであるのに公益認定の権限を役所のままにすることで、矛盾が生じているといえるからである。

よって天下りをなくすためには民法と一般法人法を見直し、再び民法改正を行えば良いのではないかと考えたのである。

 

引用

民法条文解説.com  http://www.minnpou-sousoku.com/category/article/3/34.html

公益法人用語集  http://www.kohokyo.or.jp/kohokyo-weblog/yougo/2009/04/post_118.html

NPO Coordinator  http://npo-coordinator.com/npo3/principle.html

一般法人設立サポート大阪 http://ippanhoujin.8713.jp/koueki/1.html

【憲法】新・判例ハンドブック 高橋和之編

 

 

 

 

米田俊太

天下りは日本国憲法に反してると思うので自分は反対です。

まず、天下りとは何か?

国の省庁で働いている国家公務員や地方で働いている地方公務員が定年退職などで仕事をやめるときに、出身省庁や地方などの外郭団体や関係する民間企業などに再就職するということです。

例えば、国土交通省に働いていた公務員が退職した後に、民間の建設会社に再就職するというケースを天下りと言います。

そこで天下りはなぜ起こるのか?

その原因の一つはキャリア官僚が中心になって行われており、早期勧奨退職慣行が原因はのではないかと言われています。

早期勧奨退職慣行とは何か?
それは、キャリア組は最初は一律で昇進していくわけですが、その過程で上位ポストを得ることが出来なかった人に関しては、省庁に居られず、早期に退職してしまうと言う慣行があり、その際に退職者たちは、省庁による斡旋を受ける形で、それぞれ退職時の地位に応じた待遇を受けるようなポストに再就職するという意味です。

 

そして、天下りの問題としては、まずは省庁と民間企業の間での癒着が起きたり、

お互いの利権が温床化したりするということです。

次に、複数の企業を渡っていくという人にとっては、退職金が重複して、支払われると言うことになるので、退職金が無駄遣いされているということと、天下りポストを確保すると言うことそのものが目的化されることにより、そのことによる税金の無駄遣いが指摘されると言うことなどあります。

2007年の改正国家公務員法では、退職後2年間については、退職以前の5年間の地位と関係する民間会社へ再就職することを禁止するという規定があります。ただし、人事院により退職者の再就職が機密漏洩につながらないと判断された場合は、退職後2年経過していなくても再就職をすることができるようです。

そこで、自分が1つ疑問に思った事があります。

天下りは無くせるのかという問題です。

自分の考えでは、キャリア組だけ天下りがいい所に天下りができており、ずるいと思いました。

日本国憲法では、憲法13条ですべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないという風に保証されているからです。

キャリア組だけ、いい所に天下りができたら、憲法13条に反してると思います。

天下りを止めさせる方法とインターネットで調べた結果以下のように出てきました。

天下りを根絶するためには、一律で公務員の再就職をやめるという風に、規制をかければいいですが、憲法にある職業選択の自由に引っかかるということと、受け入れる側にとってメリットがあるということから、それは出来ないということになります。

それに、実際に天下りを根絶するというだけでは、天下りの問題が解決しないということがいえます。それでは、早期勧奨退職慣行をなくして、定年まで居られるようにすればいいのではないかという声がありますが、そういうポストを省庁の中で用意することができないと言う事情があります。

政務次官レースに敗れた人にとってモチベーションを下げることなく、どういうキャリアパスを構築していくのかと言うことも考えなければならないわけです。

このサイトは公務員の歴史というサイトから引っ張ってきたものです。

確かにこの方法だったら、天下りを止めさせる事ができるっと思いました。

それに国は天下りを止めさせるために、民法38条〜84条まで削除しているのです。

それでも無くなりませんでした。

そこで自分の考えた方法は、内部統制をしっかりしていき、いい人材を作っていけば、天下りも減っていくと思います。

人材がしっかりしていれば、上の方からいい人材を取らなくて済むと思っています。

なので自分は天下りには反対です。

次に法人制度についてですが、日本の法人の数は、なんと258万の法人があります。

日本の代表的な法人は、公益法人、営利法人、独立行政法人、医療法人、中間法人などがあります。

また、法人を作るために方針というものがあります。

 

独立法人を作る為の方針は特許主義といいます。

特許主義とは、法人設立方式の分類の1つで、法人設立にあたって特別な法律の制定を必要とするという考え方で、国家機関の関与が最も大きいもので、日本では、個別の特別法に基づいて設立される公社・公団・公庫などが該当します。

公益法人を作る為の方針を許可主義と言います。

許可主義とは、公益法人をつくるにあたって、法人設立方式の分類の1つで、法人設立にあたって監督官庁などの許可を必要とする考え方である。

日本では、民法規定の旧公益法人(財団法人、社団法人)が該当していたが、改正法の施行期日である2008121日以降、許可主義に基づく法人の設立は行われなくなりました。

中間法人を作る為の方針を認可主義と言います。

認可主義とは、法人設立方式の分類の一つで、法人の設立にあたって、主務官庁等の認可を必要とする考え方であり、主務官庁は、法律が定める要件を満たしていれば認可しなければならない。

日本では、学校法人、社会福祉法人、医療法人、農業協同組合、健康保険組合等が該当します。

最後に営利法人を作る為の方針を準則主義と言います。

準則主義とは、法人の設立にあたり、法律などに則り、それを根拠としたり準じているならば行政機関が採る主義として法人格を付与する原則的な方針。

行政機関の裁量や判断として法人格をするのではなく、該当する法律などの要件を満たしておれば法人の設立を拒む理由がなく法人格が付与される事を言う。法人格が付与されない場合は要件を満たさないのであり、許可されなかったわけではない。

対比できる他の主義として、特許主義、許可主義、認可主義、自由設立主義などがある。

例として、あげた4つの法人、独立行為法人、公益法人、中間法人、営利法人は独立行為法人から天下りしやすくなっています。

法人制度の事件は4つあります。

まず、猿払事件があります。

猿払事件とは、以下Wikipedia引用。

被告人は、北海道宗谷群猿払村の鬼志別郵便局に勤務する郵政事務官で、A労働組合協議会事務局長を務めていた。

公訴事実によれば、被告人は、196718日告示の第31回衆議院議員総選挙に際し、A労働組合協議会の決定にしたがい、B党を支持する目的をもって、同日同党公認候補者の選挙用ポスター6枚を自ら公営掲示場に掲示したほか、その頃4回にわたり、右ポスター合計約184枚の掲示方を他に依頼して配布した。

国家公務員法1021項は、一般職の国家公務員に関し、「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。」と規定し、この委任に基づき人事院規則147(政治的行為)は、右条項の禁止する「政治的行為」の具体的内容を定めており、右の禁止に違反した者に対しては、国家公務員法110119号が3年以下の懲役又は10万円以下の罰金を科する旨を規定している。被告人の前記行為は、人事院規則14-753号、同613号の特定の政党を支持することを目的とする文書すなわち政治的目的を有する文書の掲示又は配布という政治的行為にあたるものであるから、国家公務員法110119号の罰則が適用されるべきであるとして、起訴された。

第一審判決は、右の事実は関係証拠によりすべて認めることができるとし、この事実は規則の右各規定に該当するとしながらも、非管理職である現業公務員であつて、その職務内容が機械的労務の提供にとどまるものが、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ、職務を利用せず又はその公正を害する意図なくして行つた人事院規則147613号の行為で、労働組合活動の一環として行われたと認められるものに、刑罰を科することを定める国家公務員法110119号は、このような被告人の行為に適用される限度において、行為に対する制裁としては合理的にして必要最小限の域を超えるものであり、憲法21条、31条に違反するとの理由で、被告人を無罪とした。また、原判決は、検察官の控訴を斥け、第一審判決の判断は被告人を無罪とした。

そこで、憲法21条、同31条の解釈の誤りを主張して、検察官が上告した。

というのがです。

この事件は最終的には被告人は有罪になりました。

国家公務員は労働基本権で制限されており、政治活動の禁止は合憲になっている。

その代わりに国家公務員は身分保証されている。

この事件での自分の意見はこの判決は妥当だと思う。

なぜなら、国家公務員という身分が国家公務員法で保証されているのに選挙活動に参加する事は憲法21条に反してるからです。

 

この事件によく似たのが、全農林警察法事件である。

この事件は全農林労働組合が昭和33年に警察官職務執行法改正案が衆議院に上程された際、これに反対するとして、所属長の承認なしに正午出勤するなど労働争議の煽り行為を行なった。これが当時の国家公務員法第985項違反として、組合幹部が刑事責任を問われた事件である。一審は煽り行為を合憲限定解釈して全員無罪としたが、二審は逆転して全員有罪。被告人が上告。

そして、最高裁では上告を棄却しました。

その理由は、労働基本権の保障は公務員にも及ぶが、それを制限する国家公務員法の争議行為の一律禁止規定は、憲法18条・28条に違反しないというものである。

上記の理由はWikipediaを引用。

最終的にはこの事件は全員が有罪になりました。

この事件で出てきた、合憲限定解釈とは何か?

それは違憲判断を回避するための方法の一つで、法律を適用する前提となる法律解釈が一義的に決定できない場合で、かつ当該法律が違憲となる解釈が存在するような場合には、合憲的に解釈する解釈方法のことを言う。

 

この判決も妥当と思う。

いくら、公務員でも争議権をなくしてしまったら、国の奴隷みたいになり憲法18条に反してるし、確かに公務員はストライキは禁止されているけれども、憲法28条の団結権は保証されているのでこの判決は妥当だと思う。

4つのうち3つ目は、八幡製鉄所事件である。

八幡製鉄所事件とは、会社によるが適法であるかについて争われ訴訟で、最高裁が初めて判断を下した事件である。

以下の発端はWikipediaを引用。

発端は八幡製鉄所の代表取締役へ350万円のをした。同社は「鉄鋼の製造及び販売ならびにこれに付帯する事業」をその目的とすると定款所定の目的を逸脱するものであり、その行為は定款違反の行為として商法26615号の責任に違反するものである」として同社の株主を提起した事件である。

まず、第一審の判決は会社が営利追求を本質的目的とする以上、株主の同意が得られるであろう行為は除いて、無償の支出行為一般は目的の範囲外であり、政治献金も目的の範囲外である。よって、それを行った取締役は金額の大小によらず、定款違反ならびに忠実義務違反に問われ、献金した額を会社に賠償しなければならないとして原告の請求を認容した。八幡製鉄は控訴した。

次に第二審は取締役の会社を代表して行う政治献金は、その額が過大であるなど特段の事情が無い限り、原則として定款・法令違反を構成せず、賠償責任は発生しないとして第一審判決を取り消し、株主の請求を棄却した。被控訴人(株主)は最高裁へ上告した。

最後に最高裁は原告の上告を棄却し、会社による政治献金を認めた。

ここでの争点は以下の用になった。

争点はWikipedia引用。

最高裁での争点は以下の3点である。

  1. 政治献金が会社の定款所定の目的(権利能力)の範囲内か
  2. 参政権との関連で憲法違反を構成するか
  3. 取締役の忠実義務に反するか

これらについて最高裁は以下のように答えた。

  1. 政治献金は会社の権利能力の範囲内である。
    1. 会社は定款所定の目的の範囲内において権利能力を有する、との前提に立ち、目的の範囲内の行為とは定款に明示された目的に限らず、その目的遂行のために直接または間接に必要な行為すべてを含む。
    2. 会社も自然人同様、社会の構成単位であり、社会的作用を負担せざるを得ない。その負担は企業の円滑な発展に効果があり、間接的ではあるが、目的遂行上必要といえる。
    3. 政治献金も同様で、政党政治の健全な発展に協力することは社会的実在たる会社にとっては当然の行為として期待される。
  2. 会社の政治献金は参政権違反ではない
    1. 会社は自然人同様、納税者たる立場において政治的意見を表明することを禁止する理由はない。
    2. 憲法第三章「国民の権利及び義務」は性質上可能な限り内国の法人にも適用すべきであり、政治的行為の自由もまた同様である。
  3. 取締役の忠実義務に違反しない
    1. 忠実義務は善管注意義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるのであって、それとは別個の高度な義務を規定したものではない。
    2. 合理的範囲内を超え、会社規模などからいって不相応な額の政治献金でもない限り、忠実義務違反とはならない。

という風になった。

最後に南九州税理士会事件というものがある。

この事件は、南九州税理士会に所属していた税理士が、政治献金に使用する「特別会費」を納入しなかったことを理由として、役員の選挙権を与えられなかったという事件。最高裁は、税理士会が税理士であれば強制的に参加する組織であることを理由として、税理士会による政治献金を会の目的の範囲外とした。

 

判決は、一審の熊本地方裁判所は原告が勝訴したが、二審の福岡高等裁判所では原判決を取消し、原告の請求を棄却したため、原告が上告した。

以下の最高裁の判決はwikipedia引用。

最高裁判所では「税理士会が政党など規正法上の政治団体に金員の寄付をすることは、たとえ税理士に係る法令の制定改廃に関する政治的要求を実現するためのものであっても、法四九条二項で定められた税理士会の目的の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決議は無効であると解すべきである。」と判示し、原判決を破棄し、慰謝料の算定を審理するために福岡高等裁判所へ差し戻した。

自分は、この事件に関して、政治献金を納入しなかったので、選挙権が当たり前だと思う。政治献金は選挙のために使うお金なんだから、納入しなかったら、その人が選挙に出れないかもしれなくその人の人生を駄目にする可能性だってあるかもしれないなので自分はこの判決は妥当だと思う。

 

以上で自分のレポートを終わります。

こっからは、授業の感想なんで文字数に数えなくていいです。

先生の授業を受けて、入学したての頃、法律がわけわからなかったし、意味もわかりませんでした。

ですが、先生の授業を受けていくうちに次第と、法律の事がよくわかってきたし、これからも学んでいきたいと思いました。

前期の授業、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

千葉慎也

八幡製鉄事件
契約の効力が社会的に妥当性を欠いてないと考え、また民法90条の公序良俗にも反してないと考え契約は有効、よって 八幡製鉄事件 は合憲であると考える。

1.
政治献金 は会社の権利能力の範囲内である。
1.
会社は定款所定の目的の範囲内において権利能力を有する、との前提に立ち、目的の範囲内の行為とは定款に明示された目的に限らず、その目的遂行のために直接または間接に必要な行為すべてを含む。
2.
会社も自然人同様、社会の構成単位であり、社会的作用を負担せざるを得ない。その負担は企業の円滑な発展に効果があり、間接的ではあるが、(定款所定の)目的遂行上必要といえる。
3.
政治献金 も同様で、政党政治の健全な発展に協力することは社会的実在たる会社にとっては当然の行為として期待される。
2.
会社の政治献金は参政権違反ではない
1.
会社は自然人同様、納税者たる立場において政治的意見を表明することを禁止する理由はない。
2.
憲法第三章「国民の権利及び義務」は性質上可能な限り内国の法人にも適用すべきであり、政治的行為の自由もまた同様である。
3.
取締役の忠実義務に違反しない
1.
忠実義務は善管注意義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるのであって、それとは別個の高度な義務を規定したものではない。
2.
合理的範囲内を超え、会社規模などからいって不相応な額の政治献金でもない限り、忠実義務違反とはならない。

南九州税理士会事件
税理士会は強制加入団体であるため、脱退も出来ず、また様々な思想・信条を有する者がいて当たり前であり、会員からの強制微収は出来ないと考え、よって南九州税理士会事件は無効であると考える。

税理士会が政党など政治資金規正法上の政治団体に金員を寄付することは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する政治的要求を実現するものであっても
税理士法492項で定められた税理士会の目的の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決議は無効であると解すべきである・・・
会社における目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行する上に直接又は間接に必要な行為であればすべてこれに包含される・・・
税理士会は、会社とはその法的性格を異にする法人であって、その目的の範囲については会社と同一に論じることはできない・・・法が、あらかじめ、
税理士にその設立を義務付け、その結果設立された・・・強制加入団体であって、その会員には、実質的には脱退の自由が保障されていない。
その目的の範囲を判断するに当たっては、会員の思想・信条の自由との関係で、会員に要請される協力義務も、おのずから限界がある。
特に、政党など規制法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして・・・
個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄である・・・

猿払事件
いくら、勤務時間外でのポスター貼りであっても、国家公務員の政治活動を禁止する国家公務員1021項に違反すると考え、猿払事件は合憲であると考える。
行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益に他ならない・・・公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところである。
行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するための措置の目的は正当で・・・公務員の政治的中立性を損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは禁止目的との間に合理的な関連性がある・・・得られ利益は、失われる利益に比して重要・・・
その保護法益の重要性にかんがみるときは、罰則制定の要否及び法的刑についての立法機関の決定がその裁量の範囲を著しく逸脱しているものであるとは認められず・・・ 

全農林警職法事件
本来、国家公務員は公共の利益のために勤務するのであり、しかし、公務員が政府に対し争議行為を行うことは国家公務員法第982項に違反すると考え、全農林警職法事件は合憲であると考える。

憲法28条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶが、この労働基本権は、勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れない・・・
公務員の労働基本権に対し必要やむを得ない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由がある。
公務員は、公共の利益のために勤務するものであり・・・その担当する職務内容の別なく・・・その職責を果たすことが不可欠であって、
公務員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性及び職務の公共性と相容れないばかりでなく・・・停滞をもたらし、
その停滞は勤労者を含めた国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、またはそのおそれがある
公務員の勤務条件は・・・原則として国民の代表者により構成される国会の制定した法律、予算によって定められることとなっており・・・
これら公務員の勤務条件の決定に関し、政府が国会から適法な委任を受けていない事項について、公務員が政府に対し争議行為を行うことは的外れ・・・
使用者としての政府によっては解決出来ない立法問題に逢着せざるを得ないことになり、ひいては民主的に行われるべき公務員の勤務条件決定の手続過程を歪曲することともなって、憲法の基本原則である議会制民主主義に背馳市、国会の議決権を侵す虞れすらなしとしない・・・
労働者の過大な要求は企業そのものの存立を危殆ならしめ、労働者自身の失業を招くことともなるから、労働者の要求はおのずから制約を受けるし、また、いわゆる市場抑制力が働くが、公務員の場合にはそのような制約はない。
労働基本権を制限するにあたっては、これに代わる相応の措置が講じられなければならないが、現行法による措置・・・十分なものといえる
一般に政治ストは許されず、公務員はその上合憲である法律によって争議行為が禁止されている・・・二重の意味で許されず、それをあおる等の行為は、
憲法21条の保障する言論の自由の限界を逸脱するものである・・・合憲限定解釈は、かえって犯罪構成要件の保障的機能を失わせることになり、憲法31条に違反する疑いすらある・・・
よって、(地位の特殊性及び職務の公共性の他、勤務条件法定主義(議会制民主主義)、市場抑制力論、代償措置論より)
公務員の争議行為を一切禁止した国家公務員法985項、及び、同法110117号は合憲である。

合憲限定解釈

合憲限定解釈を行えば、法文の意味が不明確になり、どんな行為をしては行けないのかが専門家にしかわからなくなってしまうと考え、合憲限定解釈は批判である。

合憲限定解釈の限界
@)表現活動の規制を伴う条文の規制規定
A)構成要件が判然としない処罰規定
については、合憲限定解釈が一層慎重になされなければならない

ただ,この合憲限定解釈という手法は,法令そのものに書きこまれるわけではないから,国民の予測可能性を十分に担保しないばかりか判例変更により覆る可能性があり,法的安定性の点で問題がある。そこで,法令の文言に明らかに矛盾したり,立法目的を大きく損なう合憲限定解釈は,法令の改変となるので許されるべきではないと考える。ことに,精神的自由権を制約する法令については,その法令の存在による萎縮的効果を考慮して,合憲限定解釈によるのではなく,法令違憲とすべき場合が多いものと考える。

公益法人

公益法人問題の許可主義は、何が公益であるかの基準が曖昧だと考え、また行政の裁量に関わらしめることにより、なにが公益であるのかは、一番偉い方が決めることが問題点だと考える。

許可主義は,設立に主務官庁の個別的な許可を必要とする方式で,主務官庁には許可をするかどうかに関する裁量が認められています.この方式は,一般的な禁止を前提にして,これを個別の許可によって解除するというものですから,設立後の規制も厳しく敷かれるのが通常です.一般社団法人,一般財団法人の設立で許可主義が採られていましたが,法改正により後述の準則主義に変更されたため,改正法の施行期日である2008121日以降,許可主義に基づく法人の設立は行われなくなるという状況にあります.
認可主義は,主務官庁の個別的な認可を必要とする点では許可主義に近い方式であるといえますが,主務官庁には認可するかどうかの裁量がなく,法律が定める要件を満たしていれば認可しなければならないという違いがあります.学校法人,医療法人の設立方式として採用されています.

認証主義は,設立のための要件が緩く,主務官庁は要件の確認と認証を行うだけ,という方式です.宗教法人法,特定非営利活動促進法(NPO法人法)が採用しています.

準則主義は,法律上の要件を満たしている限り,主務官庁の関与を経ることなく,当然に設立を認めるという方式です.規制が最も緩い方式で,会社の設立が代表例です.

以上の他,最も規制の厳しい方式として,特許主義というものがあります.これは本来的に誰も行うことができないはずの活動を,法律によって特別に認めるというもので,設立の度に特別法の制定が必要になります.日本銀行法に基づく日本銀行の設立を代表例として挙げることができます.

法定の要件すら必要なく、会社組織が形成されれば(定款さえ作れば)設立できるのが自由設立主義です。
形式審査すらないので、設立にあたって国の関与は一切ありません。
日本では、自由設立主義をとる法人形態は存在しません。

自由設立主義
日本では、自由設立主義の法人はないので、準則主義による法人が最も簡易に設立できます。
そこで、営利活動をするなら会社を作ればよいし、非営利活動をしたいなら一般社団法人や一般財団法人を作ればよいのです。

ちなみに、現行法上の公益法人(公益社団法人と公益財団法人)というのは、一般社団法人・一般財団法人として設立された法人のうち、公益認定を受けたものをいいます。
つまり、設立手続(法人格を取得するまで)については、準則主義ということができます。

内部統制

内部統制は適正に整備され運用されたとしても不正や不祥事を完全に防げるわけではなく、対策としてはいいかもしれないが、どうしても限界が生じるんではないかと考える。

なぜ理解が難しいのか。コストを正当化するだけの効果が期待できないからである。その導入・運営のためのコストが膨大であるが、それに見合った効果が期待できないのである。そればかりか、日本の場合には、もしこの制度が機能してしまうと、深刻な弊害すら起こりかねない。もっと心配なのは、日本企業の強みが壊されてしまう可能性すらあることである。

@ 導入に大変大きなコストがかかる

 企業内の意思決定プロセスを公式化し、それぞれの意思決定の手順とルールを決めるためには膨大な作業が必要である。何よりもコンサルタントに莫大な費用を払わなければならない。

A日本の場合、このような制度は不要である

米国型の内部統制システムは、経営者も管理者も、必要に応じて外部から有能な人を雇い入れるという米国の企業制度を前提にしてつくられたものである。しかし、日本の企業ではそもそもそのような雇用慣行はない。日本のトップや管理者は、内部から時間をかけて昇進してきた人々がほとんどである。長時間をかけて社内で人材の育成を行い、その人物が信頼できるかどうかが多くの人々の目でチェックされている

B企業の内部に官僚主義を蔓延させる

 官僚制とは、すべての意思決定をルールに従って行い、このルールに合わない事象に関しては上位の判断を仰ぎ、すべての業務執行やコミュニケーションを文書に記録する、といった組織運営の方式をさす。「官僚制は効率が悪い」とされることが多いが、一概にそうだとは言い切れない。経営学のこれまでの研究によれば、官僚制がうまく機能する環境もある。官僚制がうまく機能するのは、環境の変化がほとんどなく、顧客を待たせても問題が起こらない組織体の場合である。残念ながら、そのような恵まれた環境にある企業はほとんどない。

C日本企業の独自の強みが失われてしまう

 日本の組織の強さは、現場がその知識に基づいて、ルールや手順を柔軟に変えていくことにある。ルールをトップダウンで決めてしまうと、企業としての柔軟性が失われてしまう。まさに角を矯めて牛を殺すという結果になってしまう。

D内部統制システムが組織の風土を劣化させてしまう

こうしたシステムは、性悪説(X理論)に従った経営を強いて、会社の風土を劣化させるのである。

これだけ厳しい内部統制のシステムをつくっても、大王製紙のような事件は防げなかったし、オリンパス事件を早く顕在化させることはできなかった。こうした、トップの意図的な犯罪には内部統制は無力である。速やかに無用な規制をなくすことを考えるべきである。

Wikipedia
日本国憲法の基礎知識
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法律の勉強

加護野忠男 著『経営はだれのものか ―協働する株主による企業統治再生―』(日本経済新聞出版社、2013年)「第2章」から