松本彩香作成

相続法レポート試験

『相続と登記』

帝京大学法学部法律学科 09J114027 松本彩香(マツモト アヤカ)

 

1.はじめに

 相続とは、「死者の生前にもっていた財産上の権利義務を他の者が包括的に承継すること」(1)である。その効果として、相続人は自己のため相続の開始を知った時から3カ月以内に相続の承認、限定承認、相続放棄の意思表示をし(民法第915)、相続を承認すると、相続開始の時に遡って相続財産の権利義務を取得できる(民法第896)。相続財産の権利義務を取得できるということは、ホモ・サピエンスの力の源泉にもなり、死者の獲得形質が事実上遺伝されることからも、相続は個人だけに関わるものではなく、社会にとっても重要なものであるといえる。

その相続が、「取引関係に入ろうとする第三者に対して、権利・権利関係・権利主体の内容をあらかじめ明らかにし、第三者に不測の損害を被らせないようにするための制度」(2)である登記との関係において、複雑且つ問題点を含んでいる為、まず裁判所のスタンスを明らかにする為にも相続と登記と類似の考え方を取っている、取消と登記、時効と登記について以下に述べ、その後、相続と登記についての問題点と改善策について論じる。

 

2.取消と登記

(a)事例

 ABに騙されて自分の土地を(甲・乙)Bに譲渡した。B2つの土地のうち甲を直ちにCに転売した。その後、Aは詐欺にかかっていたと気づき、AB間の契約を取り消したが、まだ登記がBのところにある間に、Bは乙もDに転売して、CDにそれぞれ移転登記を行った。ACDから土地を取り戻せるか。     

(b)判例理論

取消とは、「意思表示に欠点があるために不確定的に有効とされる法律行為を、法律上定められた一定の事由に基づき特定の者(取消権者)の意思表示によって遡って無効とすること」(3)である。取消と登記における論点は上記のように、法律行為に基づきABに不動産を譲渡し登記も移転もされたが、一方で詐欺や強迫などの理由によりAの意思表示または法律行為自体が取り消され、他方でCDBを介して同不動産に利害関係を生じたという事例における、ACAD間の法的関係に関わるものである。大審院昭和17930日判決では、A取消前に登場したCについては、民法第963項が「詐欺による意思表示の取消しは善意の第三者に対抗することができない」と善意の第三者を保護しているため、取消し前の第三者であるCについてはこの規定により保護されるとし、取消し後の第三者であるDについては、詐欺取消しの場合であっても963項は一切問題とならず、取消しの根拠に関係なく、「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」という民法第177条に基づきADの登記の有無で決するとした。

この立場の根拠は次のようなものである。@963項が第三者の保護を図ったのは、取消しに遡及効があることで第三者が害されるのを防ごうという趣旨であるから、その適用は、遡及効によって害される第三者である取消し前の第三者に限られる、A取消し後の第三者に対して、取消権者が常に所有権の遡及的復帰を主張することができるというのは、ドイツやスイスと異なり登記に公信力のない日本法のもとでは、取引の安全を害する恐れがある、B取消しに遡及効があるのは、法的な擬制であり、取消されるまでは取消しうる行為も有効であるから、取消しの時点であたかも所有権の復帰があったかのように扱うことができ(復帰的物権変動)、その時点で、Bを起点とする二重譲渡があったのと同じであるから、対抗問題となり、対抗要件である登記の先後で決まることとなる。

(c)問題点と改善策

 判例の問題点として、第三者の出現が詐欺による取消し前であれば善意の第三者は保護されるが、強迫による取消し前の場合、善意の第三者は保護されず、詐欺・脅迫による取消し後であれば悪意であっても対抗要件さえ備えていれば第三者が保護されるという点があげられる。取消しの前後というだけで、善意の第三者が保護されず、悪意の第三者が保護されるというのは、社会正義に反しているといえる。

そこで問題の改善策として、民法第942項を類推適用し、登記については権利保護資格要件とすることが望ましいと考える。取消は「取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす」という民法第121条より遡及効がある為、Bは最初から無権利者になるはずである。よって、その無権利者と取引をした第三者は、権利を取得することもできず、ましてや公信の原則が反映されている民法第192条は動産のみを対象としており、不動産の場合は登記に公信力がない為、無権利者となる。しかし、取消し後に登記を戻さなかった本人と、権利の外観を信じて取引をした第三者を比較した時、権利の外観を信じて取引をした第三者を保護しないとすることは問題があることから、民法第942項の権利外観法理の規定を適用して保護するのである。民法第94条は通謀虚偽表示の規定であるから、本人の帰責性をもって第三者を保護することとなる為、類推適用になる。詐欺による取消しの場合は、取消し前の第三者は963項の規定により保護し、取消し後の第三者は942項を類推適用し保護する。また、強迫による取消し前の第三者は、本人に帰責性がないため942項の類推適用はないが、取消し後の第三者の場合は、942項を類推適用し善意の第三者を保護することになる。しかしながら、善意の第三者であるからといって、本来権利者が第三者より先に登記を回復してしまった場合に、本来権利者の登記を抹消することまで認めるのは行き過ぎであり、本来権利者の権利を犠牲にし第三者を保護するのであるから、権利確保のためになすべきことはしておくべきであり、第三者として保護されるための要件として登記を求めることは妥当であると考える。このようにすることで、上記の第三者の出現の時期という偶然で、善意悪意か、または対抗問題かと取引安全の要件が変わるという問題を解消することができ、また、取消しの後であれば悪意の第三者でさえ保護されるという、社会正義に反する結果を覆し、妥当性のある結論を導くことができると考える。

 

3.時効と登記

(a)事例

 Bの土地をA善意・無過失で10年間占有し、Bがその土地をAが自主占有し始めてから8年後、または12年後にCに売却し、Cが登記した場合、Aはその土地を時効取得できるか。

(b)判例理論

時効とは、「一定の事実状態が法定期間継続した場合に、その事実状態が真実の権利関係に合致するかどうかを問わないで、権利の取得や消滅という法律効果を認める制度」(4)である。対抗要件として登記を要求するか否かは、解釈に委ねられている。

Aの占有は自主・善意占有であるから、A10年間居住することによって、この土地を時効取得するが、まず、AB時効取得するのに登記は不要である。時効は、法的に原始取得であるが、あたかもABから土地を譲り受けたときのように、対抗関係とはならない(大判大正732)。次に、時効完成前に第三者が出現した場合は、当事者類似である為、Cは民法第177条の第三者にあたらないので、登記なしにA時効取得を主張できる(大判大正9716日、最判昭和42721)。最後に時効完成後に第三者が出現した場合は、あたかもBからACが土地を二重譲渡されたようになり、取消し後の第三者と同様に対抗問題として解決する為、対抗要件である登記を備えたCが権利を取得するということになる。この場合、Aが現時点から10年を逆算して占有開始時期をずらし、Cの出現後に時効が完成したと主張することは認められない(最判昭和35727)。しかし、Cの登記後さらに取得時効に必要な期間占有すれば、また時効を取得できる(最判昭和36720)というのが判例の理論である。

(c)問題点と改善策

 上記のような判例理論には、時効完成直前に現れた第三者と直後に現れた第三者とで地位が異なりすぎるという問題がある。事例の8年占有したケースと12年占有したケースとでは、12年占有の方がより長く占有しているというのに、第三者の出現がたまたま時効の完成後であれば権利の取得ができないというのは、社会通念に反していると言え、また、時効取得者は、時効が完成したことを知らない場合も多く、時効完成後に登記をしなかったことを帰責事由として対抗関係に立たせるのは酷である。しかし、時効の起算点を変更することを無制限に認めると、常にAが勝ち、時効制度を正常に運用しているとはいえないだろう。

 そこで私は、取消しと登記の場合と同様に民法第942項を類推適用すべきだと考える。長期間占有を続けてきたのにも関わらず、最終的に登記の有無で決するというのは占有を軽視するものであり、前述のように時効の起算点の変更を無制限に認めると、常にAが勝ち、登記を信頼した第三者が害されてしまう為、占有は尊重するが、時効完成を知りながら登記せずに放置していた場合、時効完成後の第三者は942項を類推適用し保護するとすべきである。この説を採用することにより、時効完成直前に現れた第三者と直後に現れた第三者との地位の差異がなくなり、取引の安全を害するという恐れも942項を類推適用することで取り除くことができる為、適していると考える。

 

4.相続と登記

(a)事例

 @Aが死亡し、子BCが共同相続人となったが、遺産分割協議の結果、家は全てBが単独相続することになった。しかし、その事情を知らないCの債権者であるDは、債権者代位権を行使して、登記を自分に移転した。BDに対し権利を主張できるだろうか。

 AAが死亡し、子BCが共同相続人となったが、C相続放棄をした。しかし、その旨の相続登記がなされる前に、Cの債権者であるDが、C2分の1の持分を有するとしてCに代位して所有権登記をし、これを前提に仮差押登記を経由した。これに対して、家を単独相続したと主張するBが第三者異議の訴えを提起した。BC相続放棄の効果をDに対抗できるだろうか。

(b)判例理論

 @は遺産分割と登記の事例である。遺産分割の効力について、民法第909条は「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することができない」と規定しており、第三者の権利を害さない範囲で遺産分割の遡及効を定めている。また、遡及効から第三者を保護するために但書が置かれたと説明するのが妥当であるから、ここで規定されている第三者とは、遺産分割前に出現した第三者である。遺産分割の効力に関し、宣言主義(相続財産のあり方は共有的なもので、相続開始時からBのものだったのであって、遺産分割はこれを事後的に宣言したに過ぎないという考え方)と移転主義(相続財産のあり方は合有的なものであって、遺産分割は、共同相続人がそれぞれの共有持分を譲渡するというもので、遺産分割協議終了後に各相続人へ持分が移転し、分割の効力には遡及効を認めないという考え方)が対立している。判決は、「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものではあるが、第三者に対する関係においては、相続人が相続によりいったん取得した権利につき分割時に新たな変更を生ずるのと実質上異ならないものである」(最判昭和46126日)とし、第三者との関係は、対抗関係として処理されることとした。この判決は、遺産分割の遡及効を前提としつつも、実質的には移転主義的な解釈を行ったものといえる。

このようなことから、遺産分割後の第三者の場合は、不動産に対する相続人の共有持分の遺産分割による得喪変更については民法第177条の適用があり、取消しと登記、時効と登記の場合と同じく、遺産分割協議後の第三者は対抗問題として処理する。よって、登記を備えた第三者は、善意悪意に関わらず全権利を取得する。遺産分割協議前の第三者の場合は、当事者問題として処理する為、本来権利者が登記を備えていなくとも権利を取得するが、登記を備えた第三者が金を貸している相続人の相続分に限っては第三者が権利を取得することとなる。

A相続放棄と登記の事例である。上記の取消と登記や時効と登記と同じく第三者の出現が前の場合は所有権絶対により本来権利者や弱者を保護し、第三者の出現が後の場合は二重譲渡類似と考え公示の原則をとるのかといえば、そうではない。民法第939条は「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人にならなかったものとみなす」と規定しており、相続放棄の効果にも遡及効がある。よって、Aの事例のような、BCの共同相続の場合、Cは相続開始と同時に2分の1の持分を有することになるが、その後C相続放棄をすると、遡及的に不動産はCには帰属しなかったことになる。したがって、放棄前に生じた第三者との関係では、第三者保護の特別の規定がない以上、放棄をもって対抗できるということになる。また、放棄後に、放棄に基づく所有権取得の登記をBが経由する前に第三者が生じた場合も、放棄の効力は絶対的で、何人に対しても、登記等なくしてその効力を生ずるとして、BDに登記なくして対抗できるとした。

(c)問題点と改善策

 @の事例については、取消し後の第三者の場合でも述べた通り、悪意の第三者をも原則として保護する点が問題である。善意であっても遺産分割協議前であれば2分の1しか権利を主張できないのにも関わらず、協議後であれば悪意であっても持分の移転が行われた後であるから登記さえすれば全権利を取得するというのは、やはり社会正義に反しているといえる。ここでも民法第942項を類推適用し、善意の第三者のみを保護するとし、登記はそのための権利保護要件とすべきである。

Aの事例については、取消し後の第三者との関係では復帰的物権変動により対抗問題として処理していることから、整合性が問題となる。しかしながら、取消し後の第三者の場合と異なり、相続放棄後に生じる第三者は多くの場合、事例のような差押債権者であり、相続人の債権者は、債務者である相続人自身の財産を当てにすべきであって、相続財産に対する期待はあまり保護するに値しないといえる。また、遺産分割協議は調査しにくいが、放棄の有無は家裁で調査ができる為、民法第942項の権利外観法理の規定を類推適用する必要はないと考える。

 

5.今後の展開

 そもそも上記のような問題が生じるのは登記に公信力がないからである。公信の原則とは、「実際には権利が存在しないのに権利が存在すると思われるような外形的事実(公示)がある場合に、その外形を信頼し、権利があると信じて取引をした者を保護するために、その者のためにその権利が存在するものとみなす原則」(5)であり、公示の原則とは、「物件などの排他的な権利の変動は、外部から認識できる方法を伴わなければならないとする原則」(6)で、この2つは近代物権法における基本原則である。しかし、不動産において物権変動を外部から認識できる方法は登記であるのにも関わらず、その登記を信頼して取引をしても、登記に公信力がないことから、不実登記であれば第三者は保護されなくなってしまう。このようなことから権利保護要件や対抗問題として処理し第三者を救済しているわけだが、これによって関係が複雑化してわかりづらくなってしまっていると思われる。しかし、不動産登記法は形式的審査主義を採っており、登記官は申請に係る権利関係の得喪及び変更について、実質的に審査をして登記をするものではないことから、申請に係る権利関係、又は既になされている登記が、その実体関係に合致しているかどうかは分からず、また、物権変動があっても、必ずしもその旨の登記の登録を経由せずに前主名義のまま放置していても何の問題もないのが今の制度であるから、このままの状態のまま登記に公信力を認めてしまっては、真の権利者がその意思によらず権利を奪われることになりかねず、平穏さが保てなくなる。

以上より、私は、現行の形式的審査主義から、申請された登記が実体的権利関係と一致しているかどうかをも審査する実質的審査主義に登記制度を改正すべきだと考える。実質的審査主義は、形式的審査主義よりも登記がなされるまでに時間がかかってしまうが、その分取引の安全が保障され、それによって登記に公信力が認められることになり、上記のような問題を解決できる。また、情報技術の発達した現代であれば、実質的審査といえども、長期間登記のない状態というのは回避できると思われる。制度を変更することは時間も費用もかかり、登記官の負担もその分大きくなってしまうが、これまで以上の安全な取引の確保と第三者との間で権利問題を生じさせない為にも、登記制度の抜本的な改正が必 要である。

 

以上

 

 

 

引用文献

1) 金子宏, 新堂幸司, 平井宜雄編集『法律学小辞典』有斐閣, 4版補訂版, 2008.10, p.761.

2)同上, p.920.

3)同上, p.964.

4)同上, p.490.

5)同上, p.354.

6)同上, p.351.

 

参考文献

1) 中田裕康, 潮見佳男, 道垣内弘人編『民法判例百選T 総則・物権 別冊ジュリスト 195号』有斐閣, 6, 2009.5.

2) 内田貴『民法T 第4版 総則・物権総論』東京大学出版会, 2008.4

3) 内田貴『民法W 補訂版 親族・相続』東京大学出版会, 2004.3