内田沙織作成
『フィットネスと保険』
11T507019 医療技術学部スポーツ医療学科健康スポーツコース
内田沙織
昨今の国内ニュースで、「生活習慣病」という言葉が頻繁に飛び交うようなった。生活習慣病の患者数増加は我々人間の健康や生活を脅かす重大な問題である。そこでこのレポートでは近年の日本国内における生活習慣病についての問題に着目し、そこから日本の保険制度の変遷、そしてフィットネスにおける健康管理について、現状分析と私の意見を踏まえながら述べていきたいと思う。
まず生活習慣病とは何なのかについて説明しておきたいと思う。厚生労働省の定義によれば、『生活習慣病とは、食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒等の生活習慣が、その発症・進行に関与する疾患群』となっており、具体的にこの定義に該当する病気として、男性では、糖尿病、肝障害、肥満、高血圧症、慢性萎縮性胃炎などが挙げられ、女性では糖尿病、肥満、慢性萎縮性胃炎、高コレステロール血症、高血圧症などが挙げられる。
この生活習慣病は現在先進国を中心に患者数が増えており、世界保健機関(WHO)が発表した「2012年世界保健統計」によると、2008年の世界の総死亡数は5,700万人となっている。また生活習慣病の患者数増加は、国内の経済状況にも多大な影響(損失)を及ぼしている。15歳から65歳の病気にかかった人の「国民医療費」を生活習慣病に限ってみると、糖尿病4378億円、脳卒中3646億円、高血圧は5436億円となっている。(厚生労働省「平成19年国民医療費」より)この3つを合計しただけでも1兆3千億円を超える。つまりこれらの医療費がそのまま経済損失として、計上されているのである。またこの病のせいで仕事に支障をきたしたり、そもそも入院などで仕事をすること自体が不可能となってしまう労働者が増加することを考慮すると、経済損失は計り知れないものとなることが予想されるだろう。
また、国外の例を出して説明すれば、近年めまぐるしいスピードで経済成長を遂げている中国などで生活習慣病が急激に増加しているという。中国疾病予防管理センターの統計によれば、19歳以上の人口のうち、約1億6000万人が高血圧(生活習慣病の一つ)と診断されており、この数字は1991年と比べて31%も増加している。世界保健機関(WHO)の韓卓昇(ハン・ジュオション)代表によれば、中国における生活習慣病の蔓延は大きな医療費問題であり、今後10年間で5000億ドル(約44兆8430億円)もの経済損失をもたらすと言われている(仏AFP通信による)。このように、近年日本だけでなく世界中で増加しつつある「生活習慣病」は各国において早急に対処すべき大きな問題となっているのである。
それでは、いったいなぜ近年において急激にこの生活習慣病が増加してきたのだろうか。その原因は各国の「経済の発展(経済成長)」であると考えられている。生活習慣病の主な原因として挙げられているのは以下の4つである。@「食生活の変化」A「飲酒と喫煙」B「運動不足」C「精神的ストレスの増大」だ。日本においては、戦後の高度経済成長期とともに、欧米の食べ物が日本国内に急速に輸入され、スナック系のお菓子や、その他油成分の濃い食べ物が我々の食事を支えるようになり、塩分の取りすぎや野菜の摂取不足が問題となった。また社会環境の変化により精神的緊張が続くようになった現代社会ではストレスが蔓延するようになり、それに伴って「たばこ」などの嗜好品も幅広い年齢層に浸透するようになった。それだけでなく技術の進歩により、自動車や電車が発達し移動手段が多様化したことで、運動する機会も激減した。このような社会の変化に伴う問題は先ほど述べた「生活習慣病の原因」に合致しており、やはり経済成長の影響で生活習慣病が増加したと言える。戦後から様々な努力をして経済を発展させ日本の国民がよりよい生活を送るために行ってきた経済成長が、近年においてその副作用として、国民の健康を脅かし、そして経済にまでダメージを与えているのである。
この生活習慣病の治療のために多大な国民医療費がかかっており、日本の経済損失として計上されていることは先ほど述べたとおりだが、その他にも日本の医療費を増幅させ、財源を圧迫させている要因が存在する。それが「高齢化」である。これも経済成長が引き起こした副作用の一つであると言える。経済成長に伴って人口が変化したことにより、健康転換が起こり、それが結果的に現在の日本の少子高齢化を招いているのである。この「健康転換」とはどういうことかと言うと、経済成長に伴って、人口が多産多死となり(ベビーブームなどが例)、その後医療が発達すると、多産少死となる。やがて経済が安定し始めると、一人一人の子供に対してお金をかけて大切に育てようとするようになり、少産少死に至る。この過程を人口転換と言い、この人口転換に伴って、周産期疾患や結核などの感染症が主体の段階から、肥満、高血圧、糖尿病、がんなど非感染症が主要な段階へと転換することを疫学転換という。この人口構造の転換を基にして、時代とともに人口・疾病構造の変化、保健医療制度の変化、社会経済構造の変化が相互に影響しあいながら、ある国の健康問題が段階的、構造的に転換することを示すシステム概念のことを健康転換というのである。この健康転換により、日本の人口は多産多死から多産少死、そして少産少死へと変化していき、やがてその変化は少子高齢化を進行させることとなり、少ない若者がたくさんの老人を支えると言う社会形態が完成してしまった。これは多くの先進国で同じようなことが言える。先ほど例で挙げた中国も例外ではない。そして当たり前のことだが高齢者は若年層よりも医療費を必要とする。つまり、高齢化が進行するということは、そのまま国民医療費の増加に直結するのである。
現在、日本には他国にはない「国民皆保険制度」という素晴らしい保険制度があり、この保険制度によって、ほとんどの日本国民が低価格な医療費で治療を受けられている。この国民皆保険制度は国民が医療費を税金として納める代わりに、国が治療にかかる費用の7割を負担することで、患者は治療の際にその、費用の3割しか負担しないで済むという制度である。この制度のおかげでほとんどの治療をとても安く受けることが可能になっているのである。しかし経済成長に伴い高齢化の影響で、医療費はどんどんと増加していき、平成21年度の国民医療費は36兆67億円で、前年度の34兆8084億円に比べ1兆1983億円、3.4%の増加となってしまっている。これは人口一人当たりの国民医療費で見ると28万2400円となり、前年度の27万2600円に比べ3.6%増加していることになる。また国民医療費の国内総生産(GDP)に対する比率は7.60%(前年度7.07%)で、国民所得(NI)に対する比率は10.61%(前年度9.89%)となっている。このように毎年国民医療費は1兆円規模で増加し続けており、日本の政府の財源を圧迫している。国民医療費を財源別に見てみると、平成21年度のデータで、公費分は13兆4933億円(37.5%)、保険料分は17兆5032億円(48.6%)となっている。また、その他は5兆102億円(13.9%)で、うち患者負担は4兆9928億円(13.9%)となっている。現在は増加する一方の医療費に対して、公費分を増加させることで対処してきたが、このままでは、政府の赤字が増え続ける一方であり、消費税率を増税して、財源を確保するということも考えられる。日本がこの「国民皆保険制度」を維持するためには、保険料を増加させるか、患者負担額を増加させるしかなくなってきてしまう。しかしもし、近い将来にはそれで対処できたとしても、長い目で医療費の増加が止まらなければ、国民皆保険制度は、その医療費を負担することが出来ず崩壊すると考えられる。つまり、医療費を抑制すること以外にこの保険制度を維持し、国民に安定した医療を提供することはできないのである。
ではどうやったら医療費を抑制することができるのであろうか。答えはシンプルで、「患者を減らせばよい」のである。つまり医療を受けないで済む「健康な人々」の人口を増加させればよいのである。日本政府はすでに健康な国民を増加させる政策を打ち出して実行している。その代表とされる政策が「健康日本21」である。この健康日本21とは第三次国民健康づくり対策として、2000年から厚生省(当時)が行った一連の施策のことであり。またの名を「21世紀における国民健康づくり運動」ともいう。
具体的な目標としては、がん、心臓病、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病を予防するための行動を国民に促すことにより、『壮年期での死亡を減らし、介護なしで生活できる健康寿命を延ばす』とし、具体的な数値目標を掲げている。また、厚生労働省だけでなく、地方公共団体レベルでも健康増進計画を立てて推進することが求められ、関連学会、関連企業等も含めて運動が展開された。これらの政策の予定されていた運動期間は当初10年度までであったが、期間中に医療制度改革が行われたため2年間延長して12年度までとなった。そしてこの健康日本21にのっとって、病気(がん、心臓病、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病)の発生そのものを防ぐ第1次予防を積極的に推進するために制定されたのが「健康増進法」である。
この法に基づいて、「受動喫煙の防止」「特定給食施設における栄養管理の義務化」「特定用途表示の義務化および栄養表示基準の設定」「国民健康・栄養調査等の実施」などが基本方針として掲げられた。さらに同法に基づいてメタボリックシンドロームの診断基準(メタボリックシンドロームとは、腹囲が男性85センチ以上、女性90センチ以上で、かつ、中性脂肪や空腹時血糖などに異常がみられる状態のことを言う。)がつくられ、特定健診及び特定保健指導が実施されるようになった。
この特定保健指導とは、糖尿病・高血圧症・脂質異常症などの生活習慣病予防のために、40歳から74歳までを対象として実施される健診と保健指導のことである。またこの健康保険指導によって平成20年(2008)4月から健康保険組合や国民健康保険などに対し、40歳以上の保険加入者を対象に、メタボリックシンドロームに着目した健診及び保健指導の実施(メタボ検診と言われる)が義務づけられた。このように政府は健康で介護を必要としない人口を増やすために、健康促進移管した政策を行ってきている。その効果は少しずつ現れてきており、2011年10月に発表された「健康日本21」に対する最終評価では、目標を、栄養・食生活、身体活動・運動、休養・こころの健康づくり、たばこ、アルコール、歯の健康、糖尿病、循環器病、がんの9分野にわたり延べ59項目と設定した
うち、約6割が「目標値に達した」か「目標値に達していないが改善傾向にある」とされている。最終評価でめざましい成果を認められたのが、栄養・食生活分野の「メタボリックシンドロームを認知している国民の割合の増加」で、目標値が「20歳以上の国民の80%以上」であったのに対し、09年には92.7%に達した。身体活動・運動分野では、60歳以上の国民で外出に積極的態度を持つ人が、1999年調査の約60%から、2009年には男性74.7%、女性71.4%と10ポイント以上上がり目標値の70%を達成している。
また、歯の健康分野で「80歳で20歯以上、60歳で24歯以上の自分の歯を有する人の増加」においても、80歳以上で26.8%(1993年11.5%、目標値20%)、60歳以上で56.2%(93年44.1%、目標値50%)となり、健康日本21展開と同時に厚生労働省が推進してきた歯科衛生に関する「8020(はちまるにいまる)運動」の成果とされている。
さて、ここで、これらの政策によって認知が広がり、さらに検診等が義務付けられるなどと近年において大きく注目を浴びている、「メタボリックシンドローム」についてフィットネスの観点から少し言及しておきたい。平成21年度の厚生労働省の調査によると、日本の40〜74歳の男性の2人に1人、女性の5人に1人が、メタボリックシンドロームが強く疑われるか予備群と考えられている。また、メタボリックシンドロームがなぜ危険なのかと言うと、日本の3大死因である「がん」「心臓病」「脳卒中」の原因と言われる「動脈の硬化」、この動脈硬化をメタボリックシンドロームになると引き起こしやすくなる可能性が高いからである。つまり心臓病や脳卒中といった命にかかわる病気を急速に招く可能性があるのだ。このメタボリックシンドロームの解消法として有効なのが、「有酸素運動」である。メタボリックシンドロームの主な原因である、大量の脂肪、その脂肪を有酸素運動によって酸素と結合させ、効率よく燃焼させることができるのである。しかし、ただ単に有酸素運動をすると言っても、正確な運動量の基準に基づいて運動しなければ、大きな効果は得られない。また年齢によっては過度な運動は逆に危険であることもあるので注意が必要だ。この適正な基準についてだが、以前は肥満等についてはすべてBMIでの測定が普通であったが、2006年に新たに定められた指標として「Metabolic
equivalents(METs)」という指標がある。これは「身体活動の強度を表す単位(運動によるエネルギー消費量が安静時の何倍にあたるかを示す)であり、例としては【1METs=座って安静にしている状態】【3METs=通常歩行】となる。メタボリックシンドロームを解消するための運動量としては3METs以上の運動をすることが前提である。このようにメタボリックシンドロームにたいする対処法がしっかりと体系化してきたのも、健康日本21を筆頭とする政府の健康への取り組みの成果である。
最後に私個人の意見を述べてこのレポートを終えたいと思う。ここまで本レポートで述べてきたように、日本やその他先進国において「生活習慣病」の増加は大変大きな問題となっており、各国が早急な対処を求めている。その中でも日本は「国民皆保険制度」という、今まで国民の健康を支え続けてきた保健制度の崩壊が迫っており、他国と比較しても、一段とこの問題が深刻に国民の健康維持に影響しているのではないだろうかと思う。この問題を対処するために政府が平成12年度に「健康日本21」を打ち出してから、生活習慣病への危機意識が広がるなど、その効果はたしかに認められているが、私は本来の「介護なしで生活できる年齢を伸ばす」という目的の達成にはあまり近づいていないように思う(少しずつ近づいているのは確かだが達成はされていないと思う)。なので、より効果的な政策が求められていると思う。さらに、私が今回この「フィットネス概論」の授業を受講し、得た知識でこのレポートを作成している中で、ふと疑問に思ったことがある、それは「病院の減少はなぜそれほど問題とされていないのであろうか?」ということである。たしかに高齢化が進む日本で、介護が必要(医療がかかる)とされる年齢を伸ばし、莫大な医療費がかかる人口を減少させることができれば国が負担する医療費も削減できると思 うが、そもそも治療を受けられる病院自体がなくなってしまっては、最終目標である「国民の健康を守る」ことは実現されないのではないだろうか。またせっかく生活習慣病の認知が広がっても、それを治療する施設が無くなってしまっては本末転倒ではないだろうか。現在国内の病院は1990年の10096件から2011年には8605件まで減少しており、2000年から2012年までに437件もの医療施設が倒産している(厚生労働省より)。原因を調べてみたところ、その多くは収入不足と考えられているようだ。病院の収入の約9割は国からの保険収入に頼っており、これは国が額を決められるため、医療費が財源を圧迫するようになればもちろん縮小する。さらに医者一人にかかる人件費が高いことも大きな原因だ。病院の収益の形態についてはこの論文の主とするところではないので、今回はあまり触れないが、病院が安定して安全かつ高いレベルの医療を持続的に供給できるよう、病院が倒産しないで済むシステムを構築し、医療界の環境を再度整備することが必要だと考えられる。もちろん、現在政府が進めている「健康日本21」のような政策で国民の健康レベル自体を上げることもこれ以上の医療費増加を抑えるために絶対必要であると思うが、それだけでなく、医療を提供する側のケアも必要だと考えられる。病院がどうしたら倒産しないで安定した医療を持続的に提供できるのかについては、また研究して考えてみたいと思う。
引用文献
・一般社団法人「日本生活習慣病予防協会」
http://mhlab.jp/malab_calendar/2012/06/007819.php
・厚生労働省HP
・中国ビジネスブログ「中国、生活習慣病が急増、経済成長につれ
http://blog.livedoor.jp/john1984jpn/archives/51245939.html
・生活習慣病の原因を絶つ
http://neeeed.com/seikatsusyukanbyo/gennin.html
・健康増進法の概要
http://www.pref.aichi.jp/0000013539.html