山内智博作成
社会保障と営利
帝京大学法学部法律学科4年 山内智博
はじめに
まず、なぜ社会保障にマーケティングが必要になってくるのかを述べる。次に、それらをどのような方法により行っていくのかを記載する。最後に結論で締めたいと思う。
1.なぜ社会保障にマーケティング理論の導入が必要となるのか
その理由は、わが国が非常に逼迫した財政難にみまわれており、その状況を改善することが必要不可欠なためである。現在、日本における債務残高は年々財政赤字が積み重なり、国は739兆円であり、地方の長期債務残高を合わせると、その額は平成24年度末においては940兆円にものぼる水準である。このように日本の財政は、少子高齢化の弊害にも影響を受け、歳入面からも歳出面からも悪化してきていることが伺える。
しかし、財政赤字の増加が予測されていた中で、政府はこれまで社会保障においては大々的な改革を行わず、人員抑制や予算削減などの現状維持の政策しか行ってこなかったように見える。なぜこのような状況になってしまったのだろうか。それは、社会保障を受ける層は圧倒的に高齢者が多く、選挙は高齢者の人気取りと言う部分も少なからずあるため、政府が社会保障におけるスリム化を行いにくかったことが理由として挙げられる。
では今後、日本の社会保障の在り方として、マーケティング理論を用いながら、高齢者を含む国民の理解を得る方法はどのようなものなのが考えられるだろうか。それについては後に記載したいと思う。
2.NPMの3類型について
社会保障費は一般会計予算90兆円のうち約30パーセントを締める値となっており、その財政の健全化は国にとって喫緊の課題であると言える。
今後、増大し続ける社会保障費を抑制する為には、1980年代からイギリスのサッチャー首相を契機に始まったNew Public Managementという民間の経営手法を公共部門に取り入れる、又はエージェンシー化する政策を行っていく必要があると私は考える。そして、そのNPMの方法は大別して3つあるとNacholdは言及していた。
第一は@政府統治体制型である。
これは、政府が上位で統治をおこなう独立行政法人型のNPMである。その内容は、国民生活及び社会経済の安定のため、公共上の見地から確実に実施されることが望まれ、かつ、国が主体的に行わなくて良い事務のうち民間に任せるべきではないもの、または、一つの主体に独占的に任せる必要がある事務などを効率的・効果的に行わせることを目的として設立された法人を言う。なお、先述の独占を行うことが可能であるとの説明の根拠規定は、独立禁止法第23条5項の独禁法適用除外制度に当たる。この類型がこれまで主に行われてきた伝統的な方法であるといえるだろう。
第二はA市場体制である。
市場を介し、公的機関が計画した競争等を経て、経営統治を行う主体を決めるNPMである。具体例としては強制競争入札により経営主体を決する市場化テストや、公共施設が必要な場合に従来のように公共が直接施設を整備せずに民間資金を利用して民間に施設設備と公共サービスの提供をゆだねるPFIなどがある。市場化テストは2006年に試験導入された後、わが国でも本格的に導入されている。
第三はB社会メカニズムである。
これは政府権力を様々な形(住民参画、産業民主主義)で委譲していく新しいNPMの手法である。現在、自治体の財務会計制度は最終的には内部事務(内部統制)に属するものと考えられ、日々債務残高が増えていることから、住民の行政に対する不信感は強まるばかりである。その様な中、【対話と協同】を重視する新しい公共の理念に則り、住民やNPO、そして行政など、様々な立場の人々が対等な目線に立ち行政の改善を目指し、住民の利害関係を考慮した住民参加型のNPMが注目されてきたのである。
以上3つの類型について記載したが、次の章ではそれらに対する私の意見を展開したいと思う。
3.住民参加型のNPMの利点
第1章において、財政難を打開する為に、公共にも民間におけるマーケティング理論が必要な理由を述べたが、今後の社会保障分野では第2章で記載したNPMの3類型のうちどの方法を活用していくことが相応しいのだろうか。
私は、第3の住民参加型のNPMを用いていくことが相応しいと考える。その理由は大別して2つある。
一つ目は、2011年に地域主権関連一括法が成立したことにより、今後は自治体の力が今まで以上に強まり、それに伴い住民の役割も重要になってくるためである。そうなってくればおのずと住民参加の機会が増え、上記の類型に適合していくようになるだろう。また、新しい公共の理念は地域主権との相性がとても良いと言えるためである。住民参加型NPMが注目されてきたのは最近のことであるが、新しい公共の動き自体はその単語が用いられてはいないが、コミュニティ・市民参加・民間活力・ボランティア・市民公営活動など「過去30年近くの間、脈々と議論が続けられてきた【政府と公私領域の再編成】という一大テーマの流れに沿うものであって、全く新しい潮流を生み出すと言うより、過去の潮流をさらに強化していくものだといえよう」(注1)と記載があるとおり、重要な政策理念として実際に地方(ローカル)では行われてきていたのだ。
二つ目は、住民(NPOを含む)に自分の払ったお金(税)を意識させることが出来、同時に透明化を図りながら行政の改善化を促すことが出来るメリットがあるためだ。実際に2009年にKluvers and Pillayがオーストラリアのビクトリア州で予算編成への市民参加が可能か否かと言う調査を行政側に対し行った。それにより「市民が予算編成へ参加することが可能であるという結果と、市民と情報を共有することが可能性の拡大を得ることが出来るという調査結果を得た。つまり行政と住民の信頼回復のために、行政の意思決定プロセス、つまり予算編成へ住民の参加を勧めることによって、行政の説明責任を向上させることが出来、かつNPMにより権力が減少している行政の政策に市民の関心を引き戻すことができる」(注2)との情報が得られているのである。
他方、第2章で記載した独立行政法人型のNPMなどにおいても成果の公表や意見聴取は行われていたようである。確かに、このような方法でもある程度のモニタリングは出来るのかもしれないが、これではまだ住民の参加は弱いと私は思う。住民参加の程度はSherryによれば8段階に分類することが出来るようである。上記の意見聴取は4段階目の【名ばかりの参加】にあたり、住民からの意見はフィードバックされない、又は意見として聞くが、それがどのように活用されたかが明確にならない状態となっている。これでは、住民も納得が出来ないで行政等への不信感が強まるのも無理はないだろう。これからは6段階目に当たるパートナーシップという、これまでより強い住民参加の形で新しい公共を実現していくことが必要なのではないか。逆に考えると、住民参加型のNPMが普及すれば、自分の意見が反映される為、【自己決定・自己責任】が成立し、高齢者の方々もある程度は納得できる形となるのではないか。
4.具体例について
公立学校のNPM化について具体例を挙げてみたいと思う。初等中等教育レベルの公立学校に民間人校長を登用し独立採算制に改革する。その予算は住民参加型NPMによる評価に基づき自治体がその地域の学校に包括的予算から分配し、利潤が出れば経営者がその分を手に入れるという方法が良いのではないかと私は考える。こうなれば、住民も自分の子供達のために関心を向け、同時に学校側の経営もPDCAサイクルにより改善していくことが期待できる。また、学校におけるイジメ等の問題も教育委員会による実質的な内部統制に加え、住民参加が行われることにより少なくなっていくだろう。そうなった場合、学校が経営不振となったときに備え、住民がNPOとして住民参加を積極的に行える環境を整備する必要がある。いわゆるアドボカシーと呼ばれる弱者の為の権利主張を行えなければ住民参加型NPMの意味は無いのである。そのためにはNPOに住民が入りやすくする、又はNPO法人を設立しやすいように、NPOの成立条件を従来の許可主義ではなく、目的を明確に定めた準則主義によるものにしてみてはどうだろうか。
しかし、上記の案には問題点があることも事実である。それが、住民参加により社会的規制が強まり、効率性や利潤が阻害される恐れがあることだ。そのため、各学校には最低限度保障される予算はきちんと配分する必要がある。それに加えて、学校経営者はある程度の裁量が与えられていることを考慮し、同時に住民評価によりペナルティーを受けさせる制度にすることが望まれる。このような制度を全国的に行えば、競争理論などからも安価で良質な教育が実現していくのではないか。
5.他の社会保障分野での住民参加型NPMの適用について
第4章で述べた小中学校は、社会保障分野に近いものだと考えられる。その為、社会保障分野であり、学校と類似する保育施設や老人ホームなどについても先程の案は適用が可能であると考えられる。また、アメリカの保険者で有名なHealth Maintenance Organization(通称HMO)においても【自己決定・自己責任】は適用されていることを見ると、日本の年金や保健者についても【最低限度は保障しながら、それ以上の部分は自分たちの意思決定で決めて、その責任も自分たちで受ける】という方法が今後の社会保障の在り方として望ましいのではないだろうか。
結論
今後は、財政破綻などを起こさないように社会保障分野において抜本的な改革を行っていくことが必要不可欠である。そのため、住民参加型のNPMなどを積極的に導入し、財政健全化を図っていくことが望まれるだろう。但し、上記のことだけが成立すれば良いと言う訳ではなく、現在検討されている高齢者による能力別支払いや、雇用の拡大などの歳入面など様々な視点から行政のあり方を考えていかなければならないのである。
参考文献
1) 坂本治也「地方政府に対するNPOのアドボカシーと協同」『政策科学』2012.3,
19(3),p65-94 (注1)p66
2) 小川直紀・森勇治「住民参加型NPMにおける予算編成の公会計利用に関する研究」『経営と情報』2011.3,23(2), 107-134 (注2)p111
3) 本多正人「公共経営改革と教育改革」『教育学研究』2009.12,76(4),
424-437
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